宝船や戦闘機の絵も 100年前の「引札」見つかる 岩手・大槌

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毎日新聞 2026/4/14 05:45(最終更新 4/14 05:45) 1048文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷町民から佐々木勝宏さんに寄託された「引札」。山間部で保管されていたため保存状態が良いという=岩手県大槌町で2026年1月28日、奥田伸一撮影写真一覧 100年ほど前に商店が顧客に配った「引札」と呼ばれるチラシが、岩手県大槌町で発見された。大きさはB4判程度で計31枚あり、宝船など縁起物の他、戦闘機や車など世相を反映した絵が描かれている。同町は15年前の東日本大震災など、たびたび津波に遭っており、解読した歴史研究者は「被災地の地域史を知るうえで貴重な資料」と評価する。 引札は江戸時代に製作が始まり、全国各地の商店街で広告宣伝に使われた。当初は文章中心だったが、印刷技術の進歩と共に縁起物などが大きく描かれた。20世紀に入った明治時代後期から昭和初期にかけては、主に得意先への年始あいさつ用として配られた。大槌町で見つかったのも年賀用とみられる。Advertisement寄託された引札について町民から聞き取り調査をする佐々木勝宏さん(右)=岩手県大槌町で2026年1月28日、奥田伸一撮影写真一覧 今回見つかった31枚は町民2人が所蔵しており、町内で文化財調査を手掛けている元岩手県立博物館学芸員、佐々木勝宏さん(64)=盛岡市=に寄託された。佐々木さんは引札の研究書などを参考に地元の商店関係者らにも話を聞き、描かれた内容を読み解いた。 いずれも赤や青など鮮やかな色遣いで、大黒天や千石船などさまざまな絵に加え、店名や業種、所在地が印刷されている。大槌には江戸時代、南部藩の代官所が置かれた。明治以降も貨客船が寄港するなど物流が盛んだったことから引札が流通したとみられる。 「吉野屋昆政次郎商店」と大書された引札には、日本領だった当時の朝鮮半島や台湾をはじめ、日本のかいらい国家だった満州(現中国東北部)が書かれた地図や複葉機、大勝利を意味する「大捷(たいしょう)」の文字入りの砲弾が描かれている。佐々木さんは「日本政府が満州国を承認した1932年以降に作られたもので、戦時色が強く感じられる」と解説する。佐々木勝宏さんが自費出版した「大槌の引札」(左)と「金澤山大勝院の文化財」=2026年4月10日、奥田伸一撮影写真一覧 「和洋小間物雑貨商 元持儀平」の引札には、オープンカーに乗る洋装の男女や洋風の建物が描かれている。佐々木さんは女性の髪型など洗練された絵柄に注目した。他の引札からも製造元や商店主の工夫が感じられるという。 大槌町は震災のほか、130年前の明治三陸地震、90年あまり前の昭和三陸地震など度々津波があり、文化財が流失したり損壊したりした。佐々木さんは「引札は山間部で保管され被災を免れた。保存状態も良い」と語った。その上で「引札から当時の世相や地域史の一端を知ることができる。多くの人に関心を持ってほしい」と訴える。 佐々木さんは調査結果を2冊の冊子にまとめて自費出版した。「大槌の引札」は1980円、「金澤山大勝院の文化財」は1430円。通販サイトのアマゾンで購入できる。【奥田伸一】あわせて読みたいAdvertisement1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>