映画の推し事:キース・ジャレット名盤の裏 アプレ女子高生と敗戦国のトラウマ

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映画の推し事毎日新聞 2026/4/12 22:00(最終更新 4/12 22:00) 2193文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷「1975年のケルン・コンサート」ⒸWolfgang Ennenbach One Two Films 音楽愛を形にしたい情熱の塊の少女と、繊細で満身創痍(そうい)の天才ジャズピアニストの二つの運命が交差する、1975年の西ドイツ・ケルンでの歴史的コンサートを描いたドキュメンタリードラマ。 当時の西ドイツが抱えていた世代間問題やジャズの置かれていた位置を背景に、怖いもの知らずの少女は、希代の奇才をステージに乗せられるのか? ハラハラドキドキ青春物語と音楽物語が合体して、軽快ながら濃い映画に仕上がっている。Advertisement50年経てもロングセラー 現在引退状態のジャズピアニスト、キース・ジャレットを説明しよう。 45年アメリカ生まれ。クラシックピアノを学び、8歳で自作をコンサートで演奏する天才ぶりを発揮する。高校時代、ジャズに転向しバークリー音大へ。 大御所アート・ブレイキーのバンドに参加した後、70年、帝王マイルス・デイビスのグループに加入。71年からドイツのレーベルECMと組んで、ソロピアノシリーズなどジャズの新時代を創造する。 その幕開けを告げる75年のケルン歌劇場でのコンサートは録音され、「ケルン・コンサート」のタイトルで発売。50年を経た今でも歴史的ロングセラーを続けている。このコンサートが誕生した経緯や内幕を描いたのがこの映画である。「1975年のケルン・コンサート」ⒸWolfgang Ennenbach One Two Filmsコンサートまでの幾多のトラブル 物語の流れはこうだ。 歴史都市・ケルンに住むジャズ好きのおてんば娘ベラは、厳格な歯医者の父や学校ににらまれながらも、どこ吹く風で毎晩ジャズクラブに入り浸り。そんな中、英国人ジャズマンに才覚を認められ、高校生プロモーターとして成功する。 74年のある日、ベルリンでキースのソロピアノを聴いたベラは、神がかった即興演奏に胸打たれ、ケルンでのソロコンサート開催を申し出る。キース側は、いくつか条件を出しつつも、渋々了承する。 日程は75年1月24日。会場はケルン市立歌劇場で、オペラ公演終了後の午後10時以降しか使えない。会場預託金の工面やキースの腰痛、当日発覚したピアノの型番違いと修理など、直前まで数々のトラブルと混乱が入り乱れる。さて、コンサートはどうなる……。「1975年のケルン・コンサート」ⒸWolfgang Ennenbach One Two Filmsルスコーニのソロも聴かせる音楽映画 結果は見えているのに2時間飽きさせないのは、マラ・エムデ(ベラ役)やウルリッヒ・トゥクール(父役)ら演技陣の気迫と、街の空気感、西ドイツの時代感を浮かび上がらせるイド・フルークの演出はじめ、カメラ、美術、編集のセンスが秀でているからである。 また、キースの音源が使えないのは残念だが、ヨーロッパで聴かれていたジャズや周辺の音楽が映像を彩り、時代感を補強してくれる。 キースの演奏シーンではジャズピアニスト、ステファン・ルスコーニの創作演奏が流れる。 筆者は音楽記者なのでキースのソロは何度か体験しているが、ルスコーニも2013年の来日公演を聴いたことがある。 実にクールで知的な音楽を作るピアニストで、映画の中でもなかなか個性的なソロを聴かせてくれる。音楽映画としても面白い。“国を守った”父親の戸惑いと怒り もう一つの見どころは、敗戦国の家族に訪れた新時代の胎動の衝撃と悲しみである。 その衝撃は、特に、冒頭とエンディングに使われたベラの50歳誕生日(このシーンのベラはスザンヌ・ボルフが演じる)パーティーで表現される。 断絶親子の甘い融和や許しや理解なぞ何もない。ベラが「ひどい仕打ちは一生忘れない」とののしれば、父親は「もし(ベラを)失望させたならば、私は正しかった」とはき捨てる。ベラの情熱はキースには通じたが、父親には理解されなかったという、並列した二つの物語が悲しみを誘う。 ケルンは、第二次世界大戦中、空襲被害が大きく、疎開などで人口が95%減少したとされる。ベラの父親は、命を懸けて国や街を守り、西ドイツを自由の国に築き上げたプライドと信念があるのだろう。「1975年のケルン・コンサート」ⒸWolfgang Ennenbach One Two Films「自由」はどこにあるのか その自由を謳歌(おうか)する若者は、遊びほうけているようにしか見えなかったのか。頑迷さばかりが強調される父親は一体「何だった」のだろう。 軍国主義の象徴? 旧体制の幻影? 愚鈍な不自由の具現? 権威主義の亡霊? ただ、キースのソロピアノも完全なる「自由」の象徴と描かれているかと言えば、そうでもない。天才的な芸術家として強い自我を持っていても、結局はレコード会社に従わざるを得ない、一人のミュージシャンでしかないことも映し出す。 興味深い言葉が映画冒頭で語られる。「この映画はケルンコンサートの話ではなく『足場』についての物語だ」と。何の足場なのか。映画は答えを示さないまま終わる。「1975年のケルン・コンサート」ⒸWolfgang Ennenbach One Two Films日本でも女性プロモーター映画 同じ敗戦国である日本の女性芸能プロモーターを描いた映画がある。北原三枝・石原裕次郎主演の「嵐を呼ぶ男」(57年、日活)と若尾文子・川口浩主演の「女は抵抗する」(60年、大映)である。2本とも、渡辺プロダクションの女性プロモーター渡辺美佐をモデルにしている。 特に女学生プロモーター(若尾)が主役の「女は抵抗する」は、本作と見比べると大変面白い。「これぞ芸能界!」という荒海の中で、新時代の元気な女性が孤軍奮闘する姿を軽快に描き出し、実によい。 思わせぶりな「足場」なんかない。「1975年のケルン・コンサート」は、やはりドイツ的な生真面目さがにじみ出る。これ思い込み?(川崎浩)【時系列で見る】【前の記事】「ウィキッド」「メアリー」ヒットで晴れ間!? シェア2割 洋画興行の巻き返しなるか関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>