「男らしさ」の文化にメス スポーツ観戦者もアップデートを

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毎日新聞 2026/4/9 08:02(最終更新 4/9 08:02) 有料記事 1486文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷フランスの歴史学者による全3巻の大著「男らしさの歴史」。表紙は原著(上段)と日本語版(藤原書店)で異なる。日本語版の第3巻(右下)の表紙はアンリ・ルソーの絵画「フットボールをする男たち」が用いられた=田原和宏撮影 いま、なぜスポーツ批評なのか。元フィギュアスケート選手の町田樹さんが「スポーツ・クリティーク」を刊行したかと思えば、成城大学スポーツとジェンダー平等国際研究センター(SGE)はシンポジウムを開いた。人工知能(AI)に聞けば瞬時に回答が得られる時代。批評の糸口を求め、スポーツとジェンダーの関係に詳しい成蹊大学准教授の稲葉佳奈子さんに聞いた。【聞き手・田原和宏】 近代スポーツは男性のみを前提とした文化である。「男らしさ」と不可分な、男性ジェンダー化した文化。スポーツを批評するにあたって、そこから論じる必要がある。その重要性はいくら強調しても足りない。 お約束のように女性のスポーツの話、ジェンダー格差の話をするのではなく、男性性そのものが問われなければいけない。それは決して簡単な作業ではない。 例えばスポーツ漫画。映画化されたこともあり、「週刊少年ジャンプ」(集英社)で連載された「SLAM DUNK(スラムダンク)」を最近、読み返した。面白いし、引き込まれる。チームの絆や、互いに認め合うライバル関係といった男性のホモソーシャルなスポーツ集団の物語。友情・努力・勝利がうたわれたかつてのジャンプ的な価値。多くの人々が今もそういったものを好むのはなぜなのか。 あるいは、女子スポ…この記事は有料記事です。残り944文字(全文1486文字)【時系列で見る】関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>