「明日は当たり前に来ない」 熊本地震10年、亡母の手帳は語った

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毎日新聞 2026/4/14 15:30(最終更新 4/14 15:30) 有料記事 972文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷遺品となった母里美さんの手帳を見つめる嶋崎史朗さん。熊本地震より後の予定の記入もあった=熊本県大津町で2026年3月15日午前11時39分、中里顕撮影 熊本県大津町のトラック運転手、嶋崎史朗さん(50)の母、里美さん(当時64歳)は熊本地震の発生から3日後に亡くなり、「災害関連死」と認定された。木造の実家は倒壊を免れたが、舞い上がったほこりが母を襲った。「自分と一緒に住んでいれば助かったかもしれない」。後悔と向き合い続けた10年だった。 2016年4月14日夜の前震で、里美さんが1人暮らしをしていた熊本市東区の実家は激しく揺れた。里美さんは呼吸器が弱く、倒れた家具などで舞い上がった大量のほこりを吸い込み、ショック症状を起こしたとみられる。救急隊員から「玄関先で倒れています」と連絡があった。そのまま意識は戻らなかった。 嶋崎さんは3人きょうだいの長男。小6の時に里美さんと父親が離婚した。シングルマザーとなった里美さんからよくしかられたが、手料理を囲む温かい家庭だった。01年に幸子さん(49)と結婚。長男涼介さん(23)と次男郁斗(いくと)さん(22)が生まれると、里美さんは共働きの嶋崎さん夫妻に代わって、孫たちの面倒をよく見てくれた。 08年にマイホームを建てた時、里美さんのために6畳の和室を用意した。「一緒に住もう」と伝えると、「身の回りが片付いたら引っ越そうかな」とうれしそうだった。しかし、人工芝を取り扱う会社に勤めていた里美さんは、その後も職場が近い実家に住み続けた。 「(実家の)家具を固定しておけばよかったと思う。ただ、あの時は…この記事は有料記事です。残り369文字(全文972文字)【時系列で見る】関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>