映画の推し事:分断より連帯を! ケン・ローチの揺るがぬ信念「オールド・オーク」までの60年

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「オールド・オーク」ⒸSixteen Oak Limited, Why Not Productions, Goodfellas, Les Films du Fleuve, British Broadcasting Corporation, France 2 Cinéma and The British Film Institute 2023 貧困や差別、搾取などの問題を市井の人々の視点で描き続けてきたイギリスのケン・ローチ監督が「最後の作品」と語る「オールド・オーク」。 6月で90歳になるローチ監督は、60年間にわたり、労働者や難民、移民、シングルマザーなど社会的弱者の視点で政治や社会の矛盾や格差を追及してきた。Advertisement 本作では、小さな田舎町のパブで起きた難民と元炭鉱夫らの対立の中に、イギリスにとどまらず、分断と排斥が渦巻く世界や日本の今を鋭く照らし、かすかな希望も見いだそうとする。イギリスの小さな町から世界を見る イギリス北東部の小さな町。町を支えた炭鉱は30年前に閉鎖され、かつての活気はない。空き家となった住宅が提供され、シリア難民がやってきた。 古いパブ「オールド・オーク」オーナーのTJ・バランタインはシリア人女性ヤラと知り合い、難民や困窮する町の人のために無料の食堂を開こうとするが、パブの常連や町の一部の人たちは拒絶し、葛藤といさかいが始まる。 「オールド・オーク」は「古いナラの木」。イギリスのパブは「パブリックハウス」の略で直接的には「酒場」だが、「公共の場」の意味もある。本作では、町の人々と難民の交流の場となる。「オールド・オーク」ⒸSixteen Oak Limited, Why Not Productions, Goodfellas, Les Films du Fleuve, British Broadcasting Corporation, France 2 Cinéma and The British Film Institute 2023 難民が住み始めた町が、どう変わっていくか。画面には戦争を逃れてきた難民に対する偏見への怒りがあふれ、社会の不寛容に真っ向から立ち向かう信念が映し出される。 一方で、難民と、閉塞(へいそく)した町の人々、両者を仲介しようとする人たちの誰も切り捨てることなく、共存の可能性を模索する。ローチ監督が長年描き続ける「抵抗と連帯、強い意志」の大切さを説いていく。支持集めるポピュリスト政党 物語の背景にある、欧州の難民危機に触れておきたい。 シリアなどがある中東やアフリカから、戦火を逃れて大量の難民が欧州に押し寄せたのが、2015年。受け入れを巡って各国の対応は分かれ、大きな混乱を招いた。 当初受け入れに及び腰だったイギリスは、難民の悲惨な状況が明らかになるにつれ容認に転じる。シリア難民がイギリス北東部に着いたのは16年だった。 国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)によると、シリア難民は19年末時点で世界に約660万人、トルコやレバノンなど周辺国が多く、欧州ではドイツが50万人以上、イギリスは1万1000人以上だ。 難民、移民の流入増は、特に欧州で深刻な問題となっている。 治安悪化や失業者の増加を難民・移民と結びつける極右や右派政党が台頭し、排外主義的な政策をとる国が増えている。ドイツ、オランダ、オーストリア、フランスなどでも、ポピュリスト政党が支持を集めている。トランプ政権の弾圧と非難 不法移民の大量強制送還など苛烈な移民政策を進めるトランプ政権下の米国では、ミネソタ州ミネアポリスで、移民・税関捜査局(ICE)の職員が移民取り締まり中にアメリカ人男性を銃撃する事件が起こり、抗議と非難のデモなどが全土に広がった。 日本でも、在留もしくは訪日外国人への事実と異なる発言が国政選挙で飛び交った。 政府は外国人労働者の受け入れ数の厳格化など、規制強化を打ち出している。一方で、入管制度の非人道性を指摘する声が高まり、労働者確保など経済的側面からの議論も絶えない。 「汚ねえな、クズ連中は国へ帰れ」「学校によそ者がいるのは嫌」 映画の中でシリア難民に浴びせられる言葉はヘイトそのものだ。「国民ファースト、外国人は不要」と、日本の一部政治家が発するような言葉も登場する。 映画「オールド・オーク」は、世界にまん延する問題の一端を、集約した形で見せているのだ。「オールド・オーク」ⒸSixteen Oak Limited, Why Not Productions, Goodfellas, Les Films du Fleuve, British Broadcasting Corporation, France 2 Cinéma and The British Film Institute 2023苦しいときの身代わりを下に探す ローチ監督は本作に、こうした現代の政治や社会をストレートに批判するセリフをいくつも並べる。 「人は苦しい時、身代わりを探す。上ではなく下を見て自分より弱い連中のせいにする。弱者の顔を踏みつける方が楽だからだ」 TJのこの言葉は悲惨な戦争や紛争だけでなく、偏見と憎悪、不寛容が過熱するネット社会など人間の愚かな行為に向けられる。 食堂運営は「(社会的弱者への)慈善ではなく連帯だ」という叫びには、虐げられてきた者の側に立つ覚悟がにじむ。 一方で、故国でひどい迫害を受けてきたヤラの言葉も胸をえぐる。 「拷問し、病院を爆撃し、医師を殺し、毒ガスをまいても世界は傍観するだけ。(悪政の)政権は生き延びて私たちは砕かれる」と嘆く。 希望は失った時の絶望を深くするだけという悲観論に対し、「希望を持つにはあらがう強さと信念がいる。友人は希望を不快なものという。その通りかもしれないが、希望を捨てたら心臓も止まる」とあきらめない。難民との共存、人間性への信頼 「ケス」「石炭の値打ち」「レイニング・ストーンズ」「大地と自由」「マイ・ネーム・イズ・ジョー」「SWEET SIXTEEN」「麦の穂をゆらす風」「天使の分け前」「わたしは、ダニエル・ブレイク」「家族を想うとき」……。 時代は変化しても、ローチ監督の視点は全くぶれない。表現手法も多くの点で変わらない。 25年に日本で初公開された初期のテレビ映画「石炭の値打ち(2部作)」(1977年)は、炭鉱の人権軽視や管理体制の不備による事故を描き、炭鉱夫の危険な日常をリアルに映像化していた。 彼らの連帯と勇気をたたえ、「マーガレット・サッチャー政権による炭鉱の閉鎖は、化石燃料の削減のためではなく労働組合が持つ政治的な力を恐れていたから」とのメッセージを寄せている。 「オールド・オーク」の冒頭でも、舞台の元炭鉱町の栄枯盛衰が、写真で語られる。さびれた町の物語は、50年近く前の作品と地続きともいえるのだ。「オールド・オーク」Ⓒ Sixteen Oak Limited, Why Not Productions, Goodfellas, Les Films du Fleuve, British Broadcasting Corporation, France 2 Cinéma and The British Film Institute 2023日常のリアリズム追求 「オールド・オーク」の出演者の多くは、地元のコミュ二ティーから集められた。主役のTJは元労働組合役員だし、準主役のヤラもゴラン高原出身のシリア人だ。 ローチ作品は職業俳優以外の人が出演することが多い。日常生活のリアリズムを追求して自然な会話、振る舞いを引き出し、ドキュメンタリーと見まがうほどの表情や動きで観客に迫ってくる。 複雑な問題を扱い、主人公となる社会的弱者の苦難を描きつつ、難解さとは無縁で構造はシンプル。語られるべきテーマを適切に伝える。 そこに人間臭いユーモアとアイロニーを込めてアクセントとし、人が生きる情感を大切にしてきた。どの観客も置きざりにしたくないという意図と心情がうかがえるのである。 そして、分断とコミュニケーションの弱体化が叫ばれる時代でも、怒りだけでなく希望を見いだしたいという願いが込められている。 ラストシーン。店の先行きは多難だが、人の温かさを感動的に見せて期待を込める。 連帯し抵抗し、強くありたいと、町に住む人たちに、イギリスに、世界に声を上げ続けるのである。(鈴木隆)