元ニッポン放送アナ、上柳昌彦さんを救った大滝詠一さんの一言

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インタビュー 井上知大毎日新聞 2026/4/23 10:00(最終更新 4/23 10:00) 有料記事 2646文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷ラジオパーソナリティーの上柳昌彦さん=東京都千代田区で2026年4月3日、西夏生撮影 「長寿番組ができない落ちこぼれでした。番組をいっぱい終わらせてしまいました」 元ニッポン放送アナウンサーで、ラジオパーソナリティーの上柳昌彦さんは今年、マイク生活45周年を迎えた。 「落ちこぼれ」と自称する。でも、中島みゆきさんや大滝詠一さんといった音楽界のスターに彩られたマイク人生だった。久米宏さんの「描写」のとりこに 午前1時過ぎ。多くの人が深い眠りにつくころ、上柳さんの一日が始まる。目覚めてから1時間後には東京・有楽町のニッポン放送に到着し、平日早朝のレギュラー番組「上柳昌彦 あさぼらけ」の生放送に向け、リスナーから届くメールに目を通す。 印字されたメールを、番組で読む順番を決めながら、スタジオの窓にはり付けていくのがルーティンだ。 読むメールを選ぶ作業は通常、スタッフがすることが多い。ただ、上柳さんは必ず自分でする。 「リスナーは放送作家。僕が話すきっかけをくださるんです。だから僕が選ばなきゃしょうがない」 「あさぼらけ」は今年、放送10周年を迎えた。自身にとって最長記録だという。 ラジオの世界に魅了されたきっかけは、テレビ番組「ザ・ベストテン」「ニュースステーション」などで知られ、今年1月に亡くなったキャスター、久米宏さんだ。 上柳さんが中高生の頃は、深夜放送が日本中を席巻。ニッポン放送の「オールナイトニッポン」はもちろん、文化放送の「谷村新司のセイ!ヤング」もお気に入りだった。 夏休みや休日には、日中の番組も聴くようになる。特に印象深いのが、中学3年のときに聞いた、永六輔さんのTBSラジオ「土曜ワイドラジオTOKYO」。番組内のクイズコーナー「東京の街ここはどこでしょう」だった。 TBSアナウンサーだった久米さんが、中継先から街の様子を即興で“描写”してみせ、リスナーに当てさせる。 「ジャリジャリと足音を立てて、『砂利道を歩いています。こんなところに、まきを割っている人がいます。東京なのに』なんて久米さんが話すのを聞いて、情景がバーっと頭に浮かんできました。ああ、ラジオって面白いな。頭の中にこんなに映像が浮かんだりするんだって」ずっと学園祭だといいのに もう一つ、自身の半生にとっての大きな出来事は、高校の学園祭だった。 映画研究会の友人たちが撮影した映像を発表する前、…この記事は有料記事です。残り1689文字(全文2646文字)あわせて読みたいAdvertisementこの記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>