東京2025デフリンピック毎日新聞 2026/3/3 11:00(最終更新 3/3 11:00) 有料記事 1898文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷林滉大選手=東京都千代田区で2026年2月17日、後藤由耶撮影 イタリアのミラノ、コルティナダンペッツォなどであった冬季オリンピックが閉幕し、6日には冬季パラリンピックが開幕する。日本では約3カ月前、聴覚障害者の国際スポーツ大会「東京デフリンピック」(2025年11月15~26日)が開催された。想定を超える観客が訪れて盛り上がりを見せた12日間。何が残り、何が残らなかったのか。選手、解説者、手話通訳者という異なる視点から、そのレガシー(遺産)と課題について語り合った。【佐久間琴弓】 座談会「デフリンピックの先へ」を前編・後編に分けてお届けします。後編は4日午前11時アップです。 参加者は、ルックスオティカジャパン所属、デフ陸上日本代表(棒高跳び)、佐藤湊(そう)選手(30)▽住友電設所属、デフバレーボール日本代表、長谷山優美(ゆうみ)選手(25)▽帝国繊維所属、デフサッカー日本代表、林滉大(こうだい)選手(29)▽手話通訳士、保科隼希(としき)さん(27)。 ――この3カ月どんな気持ちで過ごしましたか。 佐藤 (エントリーの国の数が条件に満たなかったため)競技自体が中止となり、出場がかないませんでした。陸上競技の解説や他の選手のサポートに回って複雑な気持ちをなんとか抑えられました。しかし、すべてが終わった後ふっと消えるような喪失感に襲われました。目標を失い、ただ寝て起きてを繰り返すだけの「抜け殻」のような状態でした。 長谷山 (22年の)ブラジル大会で(4位と)悔しい思いをしたメンバーで臨み、全勝優勝という最高の結果を出せました。入場制限がかかるほど多くの観客が来てくれました。掲げた目標が全て達成され、終わってしばらくは心地よい余韻の中にいました。今もついこの間終わったばかりのような感覚でいます。 林 23年の世界選手権は準優勝、24年のアジア大会は優勝で、今大会には相当な自信を持って臨みました。1―2で敗れた決勝は普段のプレーができず、無念でした。大会後、気持ちを切り替えて、次の大会に向けてトレーニングに励んでいます。 ――「これぞデフリンピック」と感じる光景は何でしたか。 長谷山 授賞式前、私たちの隣の列に(…この記事は有料記事です。残り1007文字(全文1898文字)【前の記事】「大会が共生社会の一歩に」 県ゆかり 10選手が県庁訪問 /福岡関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載現在昨日SNSスポニチのアクセスランキング現在昨日1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>