BeMe:「私は甲子園を目指せない」 性差と向き合った島野愛友利の野球人生

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BeMe 私らしく毎日新聞 2026/3/3 06:00(最終更新 3/3 06:00) 有料記事 2621文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷グラブをつけて記念撮影する島野愛友利投手=東京都千代田区で2026年2月10日、西夏生撮影 昨季までプロ野球・巨人の女子チームに所属していた島野愛友利(あゆり)投手(22)が、2026年に発足する米女子プロ野球リーグ(WPBL)に挑戦する。 中学時代に男子に交じって強豪ボーイズチームで全国制覇を成し遂げ、高校3年では女子の大会で憧れの甲子園に立つ夢も実現した。 その野球人生は、性差と向き合いながら切り開いたものだった。「夢の持ち方が違う」 自らの歩みを振り返る表情には、華々しい球歴ゆえの満ちあふれた自信というよりも思慮深さがにじんだ。 「世間の見方と私の考えに乖離(かいり)があるので……」 複雑な思いを打ち明けた後、こう続けた。 「男性の選手だったら『プロ野球を目指す』、オリンピック競技の選手なら『五輪を目指す』と堂々と言える。私は他のアスリートと比べても目標の捉え方、夢の持ち方が違う。特殊だな、と思って」 その考えは「形あるものを目指さずにやってきた」という競技人生が影響している。 野球一家で育った。 5学年上の長兄・凌多さんは大阪桐蔭で2016年春のセンバツに出場。1学年上の次兄・圭太さんは20年に履正社(大阪)で、新型コロナウイルスによって中止となったセンバツの代替大会「交流試合」で甲子園を経験した。 島野投手も2人を追うように小学2年で野球を始めた。思い知った現実にもめげず 程なくして、思い知ったことがあった。 「上の兄(凌多さん)が野球をしているのを見ると、私の5年先の姿を想像できたんです。私が(男子選手と一緒に)甲子園を目指せないのも、プロ野球でプレーできないのも(野球を始めて)早い段階で気づきました」 日本高校野球連盟の規定では体力差を理由に女子選手は男子選手と一緒に公式戦に出場できない。女子選手は男子の大会で、甲子園でプレーできないことを意味していた。 それでも「ただ野球がうまくなりたかったし、男の子に負けたくなくて野球を続けていた」。その一心だった。 中学時代に所属したのは、大阪の硬式野球チーム、大淀ボーイズだ。プロ野球選手も輩出している名門チームで、島野投手は背番号「1」を勝ち取った。 現在、巨人でプレーする京本真投手(22)とともに「二枚看板」として活躍し、18年の全日本中学野球選手権決勝では、東京ドームで胴上げ投手になった。 男子選手の中で、女子1人でプレーして手にした中学時代の日本一はあくなき向上心と努力の証しだ。 しかし、男子との壁の高さを痛感した。 「シンプルに(男子選手と)パワーの差を感じるようになりました。中1までは肩を並べて戦えていたのに、中2の終わりくらいから体格的に『勝てない』と感じて。最後は工夫しながらのピッチングでトップレベルでやれていたけど……」 メディアからは「最速123キロの女子中学生」と注目されたが、打者のタイミングをずらしたり、野手が守りやすいテンポの良い投球を志向したりと、うまさで切り抜けた。 高校は女子野球の強豪・神戸弘陵に進んだ。 「『母性』を感じました。チームプレーの意識が強く、困っているのを察知して、仲間が『大丈夫?』とすぐ声をかけてくれる」 初めて触れた女子野球は、新鮮だった。甲子園のマウンドへ そんな時である…この記事は有料記事です。残り1304文字(全文2621文字)【前の記事】女性二人でずっと暮らすのはだめ? 「普通」を当てはめる社会の中で関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る現在昨日SNSスポニチのアクセスランキング現在昨日1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>