となりの発達障害毎日新聞 2026/3/4 05:00(最終更新 3/4 05:00) 有料記事 2921文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷Kaienを利用していた結衣さん=京都市下京区で2025年10月31日、長澤凜太郎撮影 「内定取り消しです」 2025年3月。関西で暮らす結衣さん(24)=仮名=は、春から働くはずだった企業の担当者にオンライン面談でそう告げられた。涙をこらえるのに必死だった。 内定後の研修についていけず、心が限界だった。病院で3カ月の休養が必要と言われた。 会社にはそれまで精神障害と発達障害についてオープンにしていなかったが、意を決して診断書を提出した。 ただ体調は回復せず、健康状態を理由に内定は取り消しとなった。 「障害者雇用で採用してもらえませんか」と掛け合ったが、断られた。 「うちのような規模の会社には、必要ないので」受験で思い詰め、うつ病に 最初に心療内科を受診したのは、国公立の美術大を目指していた高校3年の時だ。「大学に行けないと、この先の人生は終わってしまう」。思い詰め、深夜まで勉強した。 うつ病と自閉スペクトラム症(ASD)と診断された。ASDはコミュニケーションの難しさや、こだわりが強いといった特性があるとされるが、自分ではその意識はなかった。 第1志望の大学は不合格。浪人し、私立の美術大に特待生として進学した。 自分の興味に沿って学ぶ大学は楽しく、精神的にも安定した。芸術を専攻する個性的な仲間に囲まれ、人間関係も良かった。明るさ演じた就活 しかし、デザイン職を目指して始めた就活で壁にぶつかった。 結衣さんは、障害を企業に開示しない「クローズ」で、一般雇用での就活に臨んだ。大学では困りごとを意識せず、そもそも「企業に開示する発想がなかった」からだ。 ただ面接は苦手だった。言葉を素直に受け取る特性があり、面接官の意図がくみ取れなかった。評価されることへの苦手意識もあった。 「台本を覚えるように、だましだまし」で、明るさを演じて乗り切った。30社を受け、やっと1社のベンチャー企業から、デザイナー職の内定を得た。研修についていけず 「メッキがはがれた」と感じたのは、24年10月の内定式の日だった。…この記事は有料記事です。残り2104文字(全文2921文字)【前の記事】「察して動け」は難しい 発達障害ある人の職場定着 必要な支援は関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る現在昨日SNSスポニチのアクセスランキング現在昨日1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>