毎日映コン音楽賞 原摩利彦「国宝」喜久雄に忍ばせた不気味な音色

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原摩利彦=本人提供 「やりきりました。『国宝』は全く悔いがないんです」と充実した表情で語った。、毎日映画コンクール・音楽賞初受賞の原摩利彦。作品に寄り添い、人物の内面を的確に音楽で表現した。 李相日監督とは「流浪の月」(2022年)に続いて2作目。「監督の顔色をうかがうような考えが少しでも浮かんだらダメ。コミュニケーションを十分とって、納得できる音楽づくりができた」。作品に純粋な気持ちで向き合った。Advertisement歌舞伎は、新しいものにオープン 在住の京都で、李監督と会い原作を読んだ。「大作だと思った。ただ、この段階では『オファーしたいが、音楽のプランが自分の中で浮かばない』とおっしゃっていた」 その後脚本が届き、正式にオファーを受けた。音楽にとりかかる前に、南座や上七軒歌舞練場、太秦の撮影所に何度か足を運び、喜久雄の「鷺娘」や「曽根崎心中」、襲名シーンを現場で見ることができた。 「歌舞伎のお囃子(はやし)や音楽と、自分が作る曲が混ざることは分かった。メロディーを思い浮かべることより、可能な限り作品に入り込むというか、撮影現場で役者さんの演技や舞台装置、聞こえる音を自分の中に吸収し、蓄積していった」 17年に野田秀樹の新作歌舞伎「野田版 桜の森の満開の下」で音楽を担当し、舞台上でお囃子と電子音楽などを競演した経験があった。 「歌舞伎は自由だと感じた。西洋的な音楽をかぶせてはいけないと考えるのは外側の見方で、実際に歌舞伎をしている方たちは新しいものにオープンだと体感した」「国宝」Ⓒ吉田修一/朝日新聞出版 Ⓒ2025映画「国宝」製作委員会えたいの知れないうめき声 実際に音作りにとりかかったのは、東京の試写室で音楽が一切ついていない映像を見て、李監督と話をしてから。「流浪の月」では人物の心の奥底を表す音楽を追求したというが、本作では李監督から「それに加え喜久雄の50年の人生と、彼の周りの人たちを含めたスケール感を出してほしい」という要望があった。 最初に原が提案したのは、冒頭の乱闘シーンで喜久雄の父が撃たれる瞬間に鳴る「グィン」という音だ。中世ヨーロッパのルネサンス期によく使われた楽器「ビオラ・ダ・ガンバ」を使い、弓を射る時の音を電子的に加工したような音を作った。 「実はその音は、喜久雄が人間国宝になり、鷺娘の衣装を着て楽屋で立つときにも鳴る」。冒頭とラスト。「えたいの知れないうめき声を表現した。父が殺された時から、喜久雄を舞台に誘っているという僕の音楽シナリオによるものだ」 自身が体験した“えたいの知れない”不思議な話を付け加えた。「野田版 桜の森の満開の下」の時、歌舞伎座でサウンドチェックをしていたら「体が重くなって体調が悪くなり、座席に沈むような感じになった」。そうしたら、歌舞伎の関係者がニヤッと笑って「歌舞伎座の洗礼を受けましたね」。 作曲中に思い出し「もしかしたら、喜久雄が舞台上で天から誰かが見下ろしていると感じるのは、えたいの知れない存在にとりつかれた感覚かも」と、ビオラ・ダ・ガンバの使用に確信を持ったという。楽器、音質、音形 縦横に駆使して 50年に及ぶ物語で、人物の年齢や人生の起伏によって音質も変化する。「タイトルが出た時に流れるメインテーマのメロディーは、若さで全速力で駆け上がるイメージ。喜久雄が『鷺娘』を踊る終盤は『ド・シミレ』という同じ音形を引き延ばした」 原が続ける。「冒頭の乱闘場面、タイトルで流れるメインテーマ、俊介が劇場を出ていく場面、主題歌の『Luminance』と、実は全てにひずませたチェロのような音色を入れている。同じ音色でも、テンポを変えてつながるものと、変化するものに分けて使っている」 インタビューは、京都にある原の仕事場とオンラインでつないで行われたが、ピアノを弾きながら分かりやすく説明してくれた。 「映画音楽としては古典的でメロディーを展開させていく形。音の跳躍でも、万菊が最初に踊る時は音形が上がり、花井半二郎が吐血する時は下がっていく設計をした」 さらに、ピアノの祖先ともいわれるペルシャ楽器で、バチで弦を直接たたいて音を出すサントゥールを使用。「喜久雄の父が亡くなる直前の『カラカラカラーン』という音。人間国宝の小野川万菊が部屋に横になっているシーンでも、その音を高くしたり引き延ばしたりと加工して、魔物にとりつかれていたことを暗示した」京都で合宿 納得いくまで向き合った第80回毎日映画コンクール贈呈式であいさつする音楽賞の原摩利彦。右は李相日監督=2026年2月10日、小林努撮影 こうして作りあげた音楽も、流す場所の選択でその効果は大きく異なる。「李監督の中で音楽を流す場所は明確にあった」という。 「ここは役者さんの芝居がすごくいいから音楽はつけない」という判断ももちろんあった。「例えば」と挙げたのは「曽根崎心中」の出番を待つ喜久雄が緊張と責任から体を震わせ、俊介が支えるように言葉をかけるシーン。「李監督も自分も、音楽をつけないことで一致した」 「合宿を5回、計30日間。京都のこの部屋(原の仕事場)に、監督とプロデューサーに来てもらいメインテーマやストリングスなど音楽の作業を集中して行った。緻密に妥協することなく、納得するまで作りあげた」 通常の映画では考えられないほどの高い意欲と気力、労力と技術力を結集させた。演奏家たちも「モニター室でチェックして問題を洗い出し、自ら『もう1回やろう』というほど。僕がOKを出しても、納得のいくまで音作りをしてくれた」。だからこそ、観客の熱い支持と高い評価につながったのだろう。役者に負けぬ真剣さで 方針も明確だった。「これは喜久雄、これは俊介という付け方。状況に付けることはほぼなかったし、悲しいシーンを説明するような音楽も一切ない。ただ、喜久雄にはきれいなだけでなく、少し不気味な音を忍ばせた。美しさの裏に残酷さを持たせたかったから」 自然と、喜久雄のキャラクターの奥に入り込んでいった。「僕自身が、音楽や芸術の血筋ではないところからこの世界に入ったので、喜久雄にすごく共感した」 言葉の端々から、映画への造詣の深さ、接し方も伝わってきた。「喜久雄もそうだったが、よく役者さんを好きになる。『流浪の月』でも松坂桃李さんにグーッと入り込んだ」というのだ。 「そのせいもあるのか、主要なパートの音楽づくりが終わった後に李監督から主題歌を依頼されたが、自分もなんだか解放された感じがあって、苦労せずにフワッと作ることができた」 作品への並々ならぬ熱い思いがうかがえる。「流浪の月」の音楽づくりの時には、こう考えた。「李監督の『悪人』(10年)で妻夫木聡さんを何回も見て、こんなに作品に向き合っているのだから、自分も絶対に同じくらい頑張らなければ」 そのせいか、こうも話す。「僕はたくさんの作品はできないと思う。ものすごい時間と労力をかけるから」「国宝」Ⓒ吉田修一/朝日新聞出版 Ⓒ2025映画「国宝」製作委員会内面を大事にして、引き出すつもりで 「音大にも行っていないし、基本的には独学で音楽を学んできた。オーケストレーションも少しやったくらいで大きなアンサンブルの経験も少ない。プロフェッショナルというより、ハイ・アマチュアの感覚がある。その良いところを生かしていきたい」 音響作品、舞台、映画やドラマ、CMなど手がける音楽のフィールドは多岐にわたる。意欲を刺激する共通項を尋ねると「“側”から音楽を作らないようにしている」と答えた。 「『映画音楽だからこういうテイスト』と決めつけるのではなく、内側から引き出すようなつもりで。“歌舞伎”“アクション”といった点にばかりフォーカスするのではなく、登場する人物の心、内面を大事にする映画に引かれるし、音楽を添えたい」 好きな監督はペドロ・アルモドバルや五社英雄など。「国宝」に入る前にも「陽暉楼」を再見したそうだ。(鈴木隆)