毎日新聞 2026/4/22 07:00(最終更新 4/22 07:00) 有料記事 1731文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷JR西日本社員から関西大教授へと転身した吉田裕さん=大阪府高槻市で2026年3月12日、梅田麻衣子撮影 あの日、人生は大きな分岐点を迎えた。 乗客ら107人が死亡、重軽傷者は562人。未曽有の事故を前に、鉄道マンとしての誇りは揺らいだ。 「自分だからこそ、伝えられることがある」。あれから21年。自問自答を重ねてきた元JR西日本社員の吉田裕さん(53)はいま、大学教授として教壇に立っている。テレビに映った惨状 2005年4月25日。前年度分の成果報告の締め切りが迫っていた。入社11年目。当時、吉田さんはJR西でレールの状態などを管理する保線に関する技術開発を担当していた。 「尼崎―塚口間の踏切で事故が起きました」 大阪・梅田の本社で作業を進めていた午前9時半ごろ、突然フロアに社内放送が流れた。事故の一報は珍しかったが、詳細は分からず、特に気にも留めなかった。 しかし、約1時間後。職場のテレビに映し出された事故現場の映像に目を奪われた。 福知山線の列車が線路を大きくはみ出し、隣接するマンションに衝突していた。7両編成のはずが、6両しか見えない。乗客はどうなったのか――。 「現場に行かなければ」 保線担当として、とっさに反応した。 だが、上司からの指示は予想外だった。 「現場はいい。とにかく病院へ」血が付着した遺留品 …この記事は有料記事です。残り1217文字(全文1731文字)あわせて読みたいAdvertisementこの記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>