夢は「日本語学校経営」 空手の縁でスリランカから来日した女性

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毎日新聞 2026/1/2 14:30(最終更新 1/2 14:30) 1158文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷日本語の授業を受けるディスミ・ディネシャさん(右から2人目)=千葉県君津市で2025年11月28日、宮田哲撮影写真一覧 日本で暮らす外国出身者が増えている。千葉県内でもスポーツ、芸能、学術、サービス業などさまざまな分野で活躍している。どうして日本に来て、何を目指しているのか。それぞれの物語を追った。 2025年11月、君津市内にある日本語学校「つばさインターナショナル・アカデミー」の教室。講師の川崎奈央子さん(35)は授業の冒頭、ホワイトボードの前に立ち、ミャンマー、ネパールなど5カ国12人の学生たちに日本語のテストの結果を伝えた。「一番いい点数だけ発表します。50点中48点、ディスミさん!」。名前を呼ばれたのはスリランカから来日して3年あまりのディスミ・ディネシャさん(23)だった。仲間たちに拍手され、笑顔を見せた。Advertisement 授業が始まっても積極的に先生の質問に答えた。「『しまった』ってどんなとき使う?」という問いには、「忘れ物をしたときです」と例を示した。入学して1年足らずだが、「日本語能力試験」で2番目に難しい「N2」を受験するレベルにまでなっている。川崎さんは「授業をよく聞いている上に、困っている学生を見たらすぐ助けてくれています」と感心する。空手の大会に出場したディスミ・ディネシャさん=東京都内で2023年1月(本人提供)写真一覧 スリランカ西部の街、ビンギリヤで育った。空手道場があり、子どもの時から空手に熱中した。「形(かた)が大好きで、できるとうれしかった」と振り返る。高校を卒業する頃、空手の先生から日本で練習しないかと声をかけられ、22年10月に来日した。 最初は君津市内のアパートで暮らし、紹介された道場に通って腕を磨いた。だが日本語には苦労した。「買い物に行って売り場が分からなくても、誰かに聞くこともできなかった」。市国際交流協会が開く日本語教室に通ったが、「もっと勉強したい」と在留資格を「文化活動」から「留学」に変更し、25年1月に毎日授業がある「つばさ」に入学した。 それからは忙しい毎日を過ごす。今は富津市内の寮に暮らし、朝7時半に起床して自転車をこいで学校へ。午前9時から午後0時半まで授業を受けて、いったん帰宅して午後はまた自転車でアルバイト先のコンビニエンスストアに行く。夜遅くまで勤務し帰宅後、午前1時まで勉強だ。日本語の授業を受けるディスミ・ディネシャさん(右)=千葉県君津市で2025年11月28日、宮田哲撮影写真一覧 コンビニで働き始めた頃は、「分からないことがあったらどうしよう」と接客に緊張していたが、次第に業務を覚えてきた。「今は大体できる。自信あります」と話す。常連客と会話をするようになり、貯金も少しずつできてきた。 日本語学校ではさまざまな国の人たちと交流し、日本だけではない国の言語や文化に触れることが楽しみだ。将来は日本語学校に就職し、いずれは「自分で日本語学校を経営したい」という夢を抱く。春には情報技術を学ぶ専門学校に進み、日本語以外のスキルも身につけていくつもりだ。志を胸に来日した多くの学生たちの手助けをしていく。そんな未来を目指している。【宮田哲】あわせて読みたいAdvertisement現在昨日SNSスポニチのアクセスランキング現在昨日1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>