「年末年始は目覚ましナシで寝て」 日本人がため込む「負債」とは

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年末年始は4日間、目覚まし時計を気にせずに寝てみてはどうだろうか(写真はイメージ)=ゲッティ 4日間は目覚ましをかけずに好きなだけ寝て――。 年末年始にこう呼びかけるのは、睡眠学の世界的権威で、筑波大・国際統合睡眠医科学研究機構の機構長、柳沢正史教授だ。 だが、忘年会で疲れ切った体を癒やすための爆睡の勧めではないようだ。 「寝不足大国」で生きる日本人が見過ごしてしまっている問題に、気付けるのだという。客観的にも主観的にも「大国」 柳沢さんによると、統計上、経済的に裕福な国ほど睡眠時間を確保している傾向がある。 「にもかかわらず、日本は睡眠時間が極端に短い。客観測定による睡眠時間の調査では、欧米での平均値は7時間20分ほどですが、日本は6時間20分でした」Advertisement 経済協力開発機構(OECD)の国際比較調査(2021年)によると、アンケート(自己申告)に基づく数値でも、日本人の平均睡眠時間は33カ国中最短で、全体平均より1時間以上少なかった。日本人の20歳以上の平均睡眠時間 まさに客観的にも主観的に見ても「寝不足大国」なのだ。「可処分所得」か、それとも「ローン」か なぜ日本人はこれほど睡眠時間が短いのか。 柳沢さんは日本における「睡眠時間の軽視」が背景にあると指摘する。 日本では睡眠時間が、お金で例えるところの「可処分所得」のように見なされているのだという。 「仕事が忙しい、自分の時間が欲しい、プライベートでも予定がある。それらを優先し、余った時間を睡眠に充てています。睡眠時間は『ぜいたくなもの』であると考えている日本人は多いです」 それに対し、欧米では睡眠時間は「住宅ローン」のように捉えられているという。 どういうことか。 「毎晩必ず返していかなければいけない。その時間には手をつけてはいけないものと捉えられています」 午前0時から7時間は絶対眠るなど、睡眠のコアタイムを決めている人が多いという。睡眠負債の恐ろしさ日本人がついついため込んでしまう「睡眠負債」(写真はイメージ)=ゲッティ 日本人がないがしろにしがちな睡眠時間が不足するとどんな影響があるのだろうか。 柳沢さんによると、睡眠不足の日数が積み重なるほど脳や体のパフォーマンスは低下していくといい、その影響が借金のように蓄積することから「睡眠負債」と呼ばれる。 問題は、睡眠負債を抱える多くの人はそれを自覚していないところにある。 柳沢さんらの調査では、自分は睡眠不足ではないと思っている人の45%が、客観的な計測では睡眠不足の兆候が見られた。 慢性的な睡眠不足は、脳や体のパフォーマンス低下を招くだけでなく、抑うつ、肥満、高血圧、糖尿病、認知症のリスク、さらにはがんのリスクなど、あらゆる病気のリスクを高めるという。 睡眠負債がもたらす負の影響を聞くと、「完済」したいと考えるのが普通だろう。 よく寝て、完済したとしても、新たな睡眠負債を生み出さないためには日々どれぐらい眠ればいいのだろうか。 柳沢さんによると、それは個人差があるため一概には言えないが、「4晩続けて、寝たいだけ寝る」という方法で自分の最適睡眠時間が分かるのだ。4日で分かる最適の睡眠時間 秋田大大学院の三島和夫教授(睡眠医学)らは16年の研究で、普段の平均睡眠時間が7時間半程度の健康な20代男性15人を対象に、眠れるだけ寝てもらい、平均睡眠時間を計測する実験を行った。 その結果、初日は10時間半程度となり、翌日は9時間半に減った。そして、4日目以降は8時間半ほどで安定した。各国の平均睡眠時間 柳沢さんによると、初日は睡眠負債の返済のために睡眠時間が増えるが、次第に減っていき、4日目までに完済した状態になる。その時点での睡眠時間が「その人にとって必要かつ十分な睡眠時間」なのだという。 つまり、自然に目が覚めるまでの時間を4日間記録すれば、4日目には自分のおおよその最適睡眠時間が分かるのだ。 一方、調査では、4日目以降には平均8時間半以上の睡眠が計測されなかった。 「睡眠が充足した状態では、最適の時間以上寝ることはできません。睡眠は貯金できないのです」 睡眠不足は蓄積する半面、「寝だめ」はできないのだ。自己観察で得られるもう一つのメリット 柳沢さんによると、最適な睡眠時間は人によってばらつきはあるが、だいたいの目安はあるという。 年齢によって差が見られ、平均で20代は約8時間半▽33~45歳の中年期は約7時間▽46歳以上になると約6時間――とされている。 これに個人差が±30分ほどあるといい、短時間睡眠で十分な、いわゆる「ショートスリーパー」は極めてまれだという。筑波大・国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)の機構長、柳沢正史教授=同機構提供 年末年始に4日間の「自己観察」で最適な睡眠時間が分かったら、年明けからはその睡眠時間を意識しながら生活を送ることができるだろう。 柳沢さんによると、4日間の取り組みは最適な睡眠時間を調べることのほかにも効果がある。 それは、睡眠が充足した自分の状態を知ることができることだ。 「多くの人は自分の睡眠不足に無自覚で、いちど睡眠が充足した状態を体感すると、『今まで自分は全然パフォーマンスを出せていなかったんだ』と分かるはず。最適な睡眠時間を調べて、生活リズムの中に組み込んでいくことが大切です」【待鳥航志】