映画の推し事:ファンタジーと現実の境が溶ける日本的癒やしの安らぎ「無明の橋」

Wait 5 sec.

映画の推し事毎日新聞 2026/1/2 22:00(最終更新 1/2 22:00) 2532文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷「無明の橋」Ⓒ2025「無明の橋」製作委員会 「無明の橋」を見ている間に思い浮かんだ話。 酸性雨で汚染された近未来の架空の都市に、忘れたい記憶だけを消す“忘却ウイルス”が存在するというウワサが流れ始め、消したい記憶を持った人々が集まってくる。 鉛中毒に苦しむアンナ(金湖廷=キム・ホジョン)もその一人。妊娠7カ月の少女ガイド、そして別れた家族に会おうとするタクシー運転手と共に、忘却ウイルスを持つチョウの群れについて旅を始める。Advertisement 2001年、第54回ロカルノ国際映画祭で、金湖廷の主演女優賞とヤング審査員賞を受賞し、筆者がプログラムアドバイザーを務めた韓国・プチョン国際ファンタスティック映画祭でも主演女優賞を受賞した韓国映画「蝶々」のシノプシス。 韓国のインディーズ映画としては珍しく日本でも注目された同作で、主演した金湖廷は韓国のインディーズ映画を支える俳優であり、文勝旭(ムン・スンウク)監督はポーランドのウッチ映画大学出身で、後輩の石川慶監督が「はっきりと覚えている」という逸材だ。「無明の橋」Ⓒ2025「無明の橋」製作委員会韓国映画「蝶々」を連想 「無明の橋」は、「喪失の傷を抱えた母」である主人公、八木由起子を演じる渡辺真起子が日本のインディーズ映画界の母親的存在であること、ファンタジーを利用しながら葛藤の解決を図ろうとしているという点で「蝶々」を連想させ、筆者の関心を引くには十分だった。 ただ「蝶々」と異なるのは、彼らの癒やしの旅の舞台が富山県立山町の立山連峰であること。まさかこんな美しい情景の記憶を含むすべてを忘れるために、ここに来たのではないだろうかと心配になる。 しかし、八木由起子が現地で一夜を過ごした後で、布橋灌頂会(ぬのばしかんじょうえ)に参加するのを見れば、それが杞憂に過ぎなかったことが分かる。「無明の橋」Ⓒ2025「無明の橋」製作委員会布橋灌頂会を完璧に視覚化 布橋灌頂会は、男性だけに許されていた立山禅定登拝に代わるものとして、江戸時代に始まった女性の極楽往生を願う儀式である。“死に装束”を身に着けた女性たちが、生者の世界とあの世を隔てる“三途の川”を渡り、霊峰・立山を見ながら霊的な再生を遂げる。 儀式の全てのプロセスをいかなる特殊効果も用いずに描きながら、礼式そのものと参列者の敬虔(けいけん)な雰囲気、そして極度の集中の瞬間を淡々と描き出すカメラによって、観客は自然に、霊的な世界の旅を通じた癒やしを得る映画体験に導かれる。 驚いたのは、このような宗教的・哲学的概念が日常の次元で継承されているという事実と、それが完璧に視覚化されていること。 “源”を失い実存の脅威にさらされる現代人として、近未来の架空の都市で、忘却のウイルスを持つ蝶の群れという架空の存在を探す「蝶々」と対照的ではないか。「無明の橋」Ⓒ2025「無明の橋」製作委員会山岳信仰と融合した仏教思想 さらに筆者が注目したのは、この儀式の中で、川で隔てられた死後の世界が「彼岸」と呼ばれていたことだ。人間の存在を迷いと煩悩の世界で生死流転する状態と見る仏教の教義で、迷いの生存である「此岸(しがん)」の反対概念、煩悩の流れを越えた悟りの世界。 文化人類学の観点から見れば、アジア文化の一軸である仏教文化が、北東アジアの大乗仏教国日本で、日本固有のアニミズムの太陽信仰とつながった山岳信仰と調和した、ということになろうか。何世紀にもわたって継承されてきた精神文化遺産が物語の題材となり、「無明の橋」に結実したことに驚かざるを得ない。 社会主義国家として宗教的省察がドラマの要素になりにくそうな中国はともかく、日本に最も近い映画的ライバルである韓国でも、民族文化と結合した仏教文化が日常の一部として扱われた作品は多くないからだ。「無明の橋」Ⓒ2025「無明の橋」製作委員会儒教が支配した韓国 韓国では、儒教が政治的に強制されてきた。高麗末期、新進の士大夫と手を組んだ朝鮮の建国勢力が、第3代国王の太宗(「観相師 かんそうし」で血の抗争を通じて執権する絶対君主として描かれている人物)の時代に仏教を抑制し、儒教の国を作ろうとした。 その厳しさは、法典である「経国大典」に、儒学を勉強する儒生や婦女子が寺に行けば「杖刑(じょうけい)100台」(事実上の死刑)という条項があるほどだ。 近代国家である大韓民国でも、「君師父一体」の儒教理念に基づいた忠孝と団結を強調する国民教育が、1961年の5・16軍事政変から87年の6月抗争まで続いた。 かくして仏教文化関連のコンテンツは、ロカルノ国際映画祭金豹(きんひょう)賞の「達磨はなぜ東へ行ったのか」(裵鏞均=ペ・ヨンギュン=監督、89年)や、モスクワ国際映画祭主演女優賞をもたらした「波羅羯諦 ハラギャティ」(林權澤=イム・グォンテク=監督、89年)など、僧侶の修行と悟りを描いた作品が主となる。 一方日本の場合、明治維新と国教としての神道の制定にもかかわらず、大衆化され普遍化された仏教文化は自然にサブカルチャーにも吸収され、「ストーリー生産のオプション」として機能してきた。 「無明の橋」で、娘を亡くした八木由起子は、地元の高校生、鶴野沙梨(陣野小和)に導かれながら、同じ布橋灌頂会に参加した吉田夏葉(木竜麻生)とともに癒やしの旅を続ける。極めて日本的、しかも局地的な雰囲気の中で、彼らが少しずつ心を開き、情緒的な交感をする姿が胸にじんと迫る。「無明の橋」Ⓒ2025「無明の橋」製作委員会死を身近に捉えるジャパニーズレガシー 日本の墓地は山の中ではなく町の近くにあり、家には位牌(いはい)を納めた仏壇がある。死を、人間から遠く離れた場所にあるものとしてではなく、身近な人間史の一部として捉える“ジャパニーズレガシー”。 「無明の橋」ではその力によって、現実とファンタジーの境界が消え、悲しみの地平を乗り越える。感動的な映画体験がもたらされる瞬間である。 動画配信の時代、世界的に劇場の危機が叫ばれる中で、こんなに特別な映画体験を提供してくれる日本特有の映画文化がいかに貴重か、気づいている人は少ないようだ。空気のありがたさを感じにくいように。 しかしその一方で、ほとんどの製作者が尻込みしたアートフィルムに、実写映画の最大の興行記録を樹立させるのが、日本の観客のクオリティーでもある。目が高い観客が十分に楽しめる一作を紹介できて、うれしい限りだ。(洪相鉉)【時系列で見る】【前の記事】スピルバーグ、ノーラン、アベンジャーズにトイ・ストーリー新作! 空前絶後の2026年洋画を占う関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載現在昨日SNSスポニチのアクセスランキング現在昨日1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>