親子2代で強豪・筑紫の主将 父への感謝胸に挑む花園 高校ラグビー

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毎日新聞 2026/1/1 10:00(最終更新 1/1 10:00) 1290文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷親子2代で筑紫の主将を務める草場壮史選手(左)と父誠史さん=福岡県筑紫野市で2025年12月12日午後1時52分、尾形有菜撮影 第105回全国高校ラグビー大会に5大会ぶりに出場している筑紫(福岡第2)。チーム唯一の高校日本代表候補でもあるスタンドオフ(SO)草場壮史主将(3年)は、かつて同校の主将を務めた父誠史さん(49)から多くの助言を受けながら、チームを引っ張ってきた。花園に行けなかった父の分まで――。草場主将はこれまで支えてくれた父や家族への「恩返し」の意味を込め、全力でプレーしている。 身長184センチ、体重84キロと体格に恵まれた草場主将は、キックやパスで「司令塔」として試合をコントロールしながら、防御では筑紫ならではの泥臭く力強いタックルで相手を止める。12月27日にあった1回戦の城東(徳島)戦では前半3分、自らボールを持ち、相手選手2人を引きずりながら左中間に先制トライを決めてチームを勢いづけ、勝利に導いた。Advertisement ラグビーを始めたのは小学2年生の時。誠史さんから「ラグビーどうや」と誘われ、元日本代表のスクラムハーフ(SH)流大(ゆたか)選手(東京サントリーサンゴリアス)らを輩出した福岡県久留米市のラグビースクール「りんどうヤングラガーズ」に入った。筑紫には幼い時に父に練習の見学に連れていかれ、迷わず進学先に選んだ。 2024年11月の県予選決勝で東福岡に5―80で大敗した翌日、学校のトレーニング室で長木裕監督に主将を言い渡された。草場主将は家族に「絶対自分なんかにはできない。なんで俺なの」とこぼした。元気に仲間を鼓舞する性格ではなく、人前で話すことが得意ではなかったからだ。 長男が自分と同じ主将を任されて「うれしかった」という誠史さん。「人のまねなんかしなくていい。仲間を頼って、自分が感じたことをそのまま表現すればいいんじゃないか」と励ました。 誠史さんは1992~94年度に筑紫に在籍した第20期生。当時の部員数は70人超と大所帯なのは今と変わりない。3年生になると、中学までのラグビー経験者もいる中、高校からラグビーを始めた誠史さんが主将を任された。花園出場はかなわなかったが、「筑紫」というラグビー名門校の主将を任される責任の重さは知っているつもりだ。 11月に花園出場が決まると、学校のグラウンドには連日、OBが激励に訪れた。重圧を感じていた草場主将に、誠史さんは「プレッシャーはかかるやろうけど、これも恵まれとうけん。この環境でラグビーができることに感謝して、今頑張ることが財産になる」とアドバイス。草場主将は「同じ主将だったから気持ちを分かってくれている」と素直に言葉を受け取った。 誠史さんは、ラグビーに関してほとんど口を出さない。重圧を感じながらも大舞台に立つ息子に「今の仲間とラグビーができることを、とにかく楽しんでほしい」と背中を押す。 草場主将は「負けて悔しい思いをしたと言っていた父を、やっと花園に連れていってあげられる」と喜び、「トライを決めて、電光掲示板に自分の名前を出したい」との思いを夢舞台で実現した。 チーム初の花園2勝を挙げ、迎える元日の花園。仲間と共にベスト8以上を目指しながら、父の分まで最後の大舞台を楽しむつもりだ。【尾形有菜】【時系列で見る】関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る現在昨日SNSスポニチのアクセスランキング現在昨日1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>