札幌のジャズシーンに欠かせない小野健悟さん。中学1年でサックスを始め、北海道大大学院理学部数学科の学生時代やIT企業勤務時代も音楽活動を続けてきた=札幌市中央区で2025年10月6日午後1時49分、伊藤遥撮影 顔がゆがみ、口元から水がこぼれる――。年間で10万人に50人が発症するといわれる「顔面神経まひ」。札幌市在住のサックス奏者、小野健悟さん(52)も今年罹患(りかん)した一人だ。楽器を吹けなくなる不安はあったが、絶望する必要はない。小野さんはそう考えている。試し吹で感じた口元の脱力感 小野さんは、国内最大級のジャズの祭典「サッポロ・シティ・ジャズ」で毎年テーマ曲を手がけるアーティスト。現在はサックスを吹けるまで回復した。Advertisement 異変を感じたのは今年6月上旬のある日。大きな仕事が一段落し、解放感に包まれた夕方だった。 楽器のパーツを買おうと、楽器店で試し吹きした時のこと。「ありゃ? 変だな」。左の口元に力が入らず、段々緩んできた。 店を出て大好物のカツ丼を食べ、近所の温泉でゆっくり過ごしても違和感が消えない。翌朝になっても左頰に力が入らず、慌てて病院へ向かった。顔面まひで力が入らない時でもサックスを吹けるよう自作した補強アダプター=札幌市中央区で2025年10月6日午後1時41分、伊藤遥撮影 「これは顔面神経まひですね」。耳鼻科の医師に宣告された。診断は、耳から侵入したヘルペスウイルスが三半規管を通って顔の神経を襲う「ベルまひ」だった。 1週間かけて悪化して回復に向かうが、完治まで長くて半年間かかると言われた。 次の1週間、医師の言葉の通り、徐々に目が閉じづらくなり、顔面の左半分が大きくゆがんだ。食事をすると口から食べ物がこぼれ、サックスを吹けなくなった。疲労やストレスに要注意 日本耳鼻咽喉(いんこう)科頭頸(とうけい)部外科学会によると、顔面神経まひを発症した場合、3日以内に受診すれば約8割の人が元の状態に戻る。だが初期治療が遅れると後遺症が残るケースもある。 「一生楽器を吹けなくなるかも」。そんな不安が小野さんの脳裏に一瞬よぎった。だが持ち前の明るい性格で「仮に吹けなくなっても、吹けなくなったなりの何か新しい面白いことがあるだろう」と思い直した。 ただ、小野さんには後悔していることがある。 それは、発症の約半年前から大規模イベントの音楽監督など多数の仕事を抱え、鼻水や寒気など風邪に似た症状が続いていたのに、無理を重ねたことだ。 特に発症前の2カ月間は休みもとらず、徹夜を繰り返していた。顔面神経まひの原因の多くはウイルス性で、疲れやストレスを抱えている時に、ウイルスの攻撃を受け、神経に支障をきたす病気とされる。病から得た仕事への学び 「多忙を理由に、体の不調に向き合わなかった。疲れた状態を放置しないことが一番大事だと学んだ」 現在は7~8割まで回復し、サックスも吹けるようになった。同じ病気で悩む人に向け、「早期治療で治る病気なので、かかっても絶望しないで」と、早めの受診を呼びかけている。フュージョンバンド「4GENEXYZ」の札幌公演(10月27日)で、オープニングアクトを務める小野さんのバンド「ARTPARK JAZZ ASSEMBLE.」=テイクエーエンターテイメント提供 顔面神経まひにかかり、学べたこともある。これまで音楽を作るクリエーターとして「人に仕事を任せて満足いかない表現になるのが嫌」だった。 しかし、仲間に頼ってみて分かった。「人に任せても良いものはできる。自分一人で仕事を抱え込まず、バンバン人に振って回して、良いチームワークでいろんな仕事をやっていきたい」。次のステージに立つのを、今から楽しみにしている。 直近は27日、フュージョンバンド「4GENEXYZ(フォージェネシズ)」の札幌公演に出演。自身のバンド「ARTPARK JAZZ ASSEMBLE.」でオープニングアクトを務める。 12月3日には、山下達郎さんのバンドでベースを担当している伊藤広規さんと札幌市内で共演する。【伊藤遥】