映画の推し事毎日新聞 2025/12/11 22:00(最終更新 12/11 22:00) 2252文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷「みらいのうた」Ⓒ2025「みらいのうた」製作委員会 THE YELLOW MONKEYのボーカリスト、吉井和哉の人生と音楽のドキュメンタリー映画「みらいのうた」を見た。 私は東京・南青山にある“ロックの迎賓館”「レッドシューズ」というバーのオーナーで、店に集うミュージシャンやロック好きな仲間を集めて「ロック・パーティー」なるライブイベントをたびたび開催している。Advertisement シーナ&ザ・ロケッツ、奥田民生、GLAY、氣志團、クレイジーケンバンド、ダイアモンド☆ユカイ、土屋アンナ……ロック界のそうそうたるメンバーと共に、パーティーを繰り広げて来た。「みらいのうた」Ⓒ2025「みらいのうた」製作委員会金沢で「サティスファクション」 2009年10月に金沢で開催した時に、吉井君や奥田君とバンドを組み、「サティスファクション」などザ・ローリング・ストーンズのナンバーを演奏した経験もある。 吉井君との出会いは、奥田君の紹介だった。もう四半世紀も前のことだ。奥田君が、当時私の経営していたロックカフェ「Rocka」に連れて来て紹介してくれた。それから何度か会うようになり、金沢でのバンド結成に至った。 だがこの映画を見るまで、吉井君のことはあまり詳しく知らなかった。東京生まれで静岡育ちだったことも、元々ベーシストだったことも、ロビンと呼ばれていたことも、モトリー・クルーが好きでリスペクトしたバンドをやっていたことも……。「みらいのうた」Ⓒ2025「みらいのうた」製作委員会恩師とセッション約束、しかし… 吉井君のミュージシャンとしての人生は、URGH POLICE(アーグポリス)のボーカルEROとの出会いから始まった。 当時10代で、ロックを教わったEROのもとバンドを始めるが、音楽性の違いなどからバンドは解散。その後バンドを通じて知り合った仲間たちとTHE YELLOW MONKEYを結成し、スターダムを一気に駆け上がる。 一方、静岡に残ったEROは地元で働きながら、カントリーミュージックに目覚め、音楽活動を続ける。 時はたち21年、EROが脳梗塞(こうそく)で倒れ、音楽活動も仕事もままならなくなる。そんなロックの恩師のためにと、40年ぶりの2人でのセッションを約束、その様子を追ったドキュメンタリーの制作に取り掛かった。 そのさなかに、吉井君の喉頭がんが発覚するのだった。「みらいのうた」Ⓒ2025「みらいのうた」製作委員会イベント出演「ちょっと無理かも」 本作は、吉井君が実家のある静岡に向かうところから始まる。幼い頃に亡くした父親との思い出、母とのエピソード、今も続く旧友との交流が描かれ、私も全く知らなかった吉井君のルーツに触れていく。 私が久々に彼に連絡を取ったのは22年の冬、ちょうどツアーを中断した頃だったか……。何も知らなかった私は、コロナウイルスまん延で伸び伸びになっていた、レッドシューズ40周年イベント出演のオファーで連絡をした。 吉井君の返事は、喉の調子があまり良くないのでちょっと無理かもというニュアンスだった。もちろん無理も言えないので、「了解、大事にしてね」と返したのを覚えている。そんな状態だなんて知らなくてごめんなさい。 その後がんを公表し、治療に専念。24年4月、東京ドーム公演において復活を遂げる。「みらいのうた」Ⓒ2025「みらいのうた」製作委員会若くして世を去ったロッカーたち 劇中にも話が出てくるが、オールドスタイルのロックはハチャメチャで破滅的で、不健康で。私の大好きなザ・ローリング・ストーンズも1970年代はSEX、DRUGS&ROCK’N ROLLの代名詞だった。 「LAメタル」「バッドボーイズ」と呼ばれた、80年代のモトリー・クルー、ガンズ&ローゼズなどのアメリカ西海岸のバンドは、ドラッグやアルコールで素行もひどく、それがまたカッコ良くもあり、その頃の日本のたくさんのバンドが影響を受けていた。 しかしそういう不摂生や破滅的な行いが、寿命を縮める結末になる。 ストーンズのキース・リチャーズのように、ドラッグの影響で全身の血を入れ替えているとウワサされていても、80歳を過ぎてなおロックンロールし続けている人もいるが、それは特異なケースで、ほとんどは若くしてこの世を去って行く。「みらいのうた」Ⓒ2025「みらいのうた」製作委員会若い頃のツケなのか 23年の秋、THEE MICHELLE GUN ELEPHANTのボーカル、チバユウスケは食道がんのため55歳の若さで逝ってしまった。同時期、同世代のBUCK∞TICKのボーカルの桜井敦司、X JAPANのベーシスト、HEATHも他界する。 若い頃のツケが回って来たのかと思うと、同世代の私も全く人ごとではない。人の命は永遠ではなく、毎日死に近づいているのは当たり前の事実。ましてや人生折り返し地点を過ぎれば、あとは下り坂が続く。いつつまずくかはわからない。「みらいのうた」Ⓒ2025「みらいのうた」製作委員会輝き続け歌声を聞かせて 吉井君はがんと診断されても、周りへの気遣いもあってか、なんだか自分を俯瞰(ふかん)して見ているようだ。そこがクスッと笑えるところで(笑っちゃいけないが)、すごいな、偉いなとつくづく感心した。 この映画を見て、吉井和哉という人間に触れた気がしたし、また同時に吉井和哉というロックスターのすごさに触れることもできた。 さいたまスーパーアリーナで行われた「ジョン・レノン スーパーライブ」での、ステージ袖から見た鳥肌が立つほどのスターオーラを思い出し、また彼のステージを見たくなった。 いつまでもロックスターとして輝き続けてほしいと思った。それが彼の願いでもあるし、私を含めた彼を愛するすべての人の願いでもあるのだから。 そしてまた、ロック・パーティーで歌声を聞かせてほしいと思うのだった。(門野久志)【時系列で見る】【前の記事】学生記者が見た「消滅世界」 大学生妊娠の“タブー”と「子供ちゃん」の不気味さ関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載現在昨日SNSスポニチのアクセスランキング現在昨日1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>