毎日新聞 2025/12/9 16:00(最終更新 12/9 16:00) 有料記事 2159文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷筑波大芸術系名誉教授の鈴木雅和さん=広島市中区で2025年11月10日午後0時9分、宇城昇撮影 広島と長崎に米軍が投下した原爆で傷つけられながらも命をつないできた「被爆樹木」は、惨禍の記憶と再生の物語を伝える物言わぬ証言者だ。二つの被爆地にしかない大切な木をどう守っていくか。被爆樹木を研究する筑波大芸術系名誉教授の鈴木雅和さん(73)は、保護や管理のための法的な仕組み作りと世界へのメッセージのため、文化財への指定を提言する。【聞き手・宇城昇】文化財指定で核廃絶の姿勢を ――被爆樹木を研究するようになったきっかけは。 ◆2009年3月に出張で広島市を訪れ、江戸時代に築かれた庭園「縮景園(しゅっけいえん)」を見学しました。そこに「被爆樹木」のプレートを掲げたイチョウがありました。原爆の爆心地から1370メートルの場所です。幹にケロイドがあり、枝ぶりは奇妙で、根からは無数のひこばえが出ている。樹木の専門家として、背筋がゾッとするような思いがしました。 そこから興味を持ち、写真が趣味ということもあって、広島を訪れる際には被爆樹木を撮影するようになりました。撮りためた写真を見ていると、幹が傾いている木が多いことに気付き、研究を始めました。その過程で広島や長崎の樹木医や市民グループとのつながりもできました。 幹の傾斜角度を測るため56カ所の木を調査すると、原爆投下前から同じ場所にあり幹も残った木の多くが、爆心地方向に向かって傾いていることが分かったのです。 爆心地に向いた幹は熱…この記事は有料記事です。残り1563文字(全文2159文字)【時系列で見る】関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る現在昨日SNSスポニチのアクセスランキング現在昨日1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>