11月の全日本大学駅伝では調子が落ち、いい結果が出なかった。川崎監督は「ここで何とかできるチームが強い。覚悟してやれるか」と気合を入れたという=千葉県我孫子市の中央学院大で、早稲田大・竹中百花撮影 来年1月2、3日に行われる第102回東京箱根間往復大学駅伝(箱根駅伝)。同駅伝で毎年、密着取材を行っている毎日新聞キャンパる編集部は今回、予選会を1位通過した実力校の中央学院大学に注目した。コーチ時代を含めると40年間にわたって同校駅伝チームを指導してきた川崎勇二監督(63)に、指導方法とチームについて語ってもらった。【立教大・宇野美咲(同編集部)】「水と油」の使い分け 同大の駅伝チームをコーチとして7年、監督として33年指導してきたのが川崎監督だ。学生の意見を尊重し「頑張らせるときは頑張らせるが、無理はさせずに、基本はおなかいっぱいにしない」という指導法を取っていると言うが、それは自身の長距離選手時代に出会った2人の恩師の影響を受けているという。Advertisement 兵庫県の報徳学園高校時代の監督は、精神的な強さを重視する、いわゆる根性論的指導者だった。いつ何時も自分本来の力を出せるようにと、合宿時に夜中に起こされ1000メートル走らされたり、正月に寒中水泳をやらされたり、「突拍子もないことをよくやらされた」という。しかし順天堂大学に進むと打って変わって、データを重視した指導を受けた。 実力があればデータ重視の指導というのは有効であるが、精神的なたくましさを身につけるということでは根性論による指導にも良い点があったという。千葉県我孫子市にある中央学院大のグラウンドの11月下旬の気温は、夕方ごろになると5度を切る。冷え込む空気の中、練習指示を出す川崎監督(後ろ姿)=同大学グラウンドで、立教大・宇野美咲撮影 ただ、高校時代は監督に何かものを言えるような関係性ではなかったようだ。自身が監督になってからも、かつては「毎日部員をしかり飛ばして自分が一番疲れているようなこともあった」とのことだ。しかし選手たちにとっても怒られっぱなしで良いことはなく、選手と率直に意見を言い合える関係が大事だと感じるようになった。そして「年々程よい距離感を保てるようになってきた」という。 そうした選手との関係性の良さが、長続きしている要因だと振り返る。今は練習メニューに対して学生から意見が出ることもあり、それが学生の成長を感じる瞬間でもあるそうだ。 データ重視の指導も当初から行ったが、部としてはほとんど無名で、実力のある選手ばかりではなかったために、なかなか結果にはつながらなかった。一時中断した後、箱根駅伝に出場できるようになってから再度、データも加味した指導法を行うようになった。「違うタイプの指導者に巡り合えたことは、今の自分にとって非常に宝になっていて、それがあるから今もやれている」と語った。社会に出てから一番大切なことだからと、部員たちには相手に伝わるあいさつ、時間を守ること、掃除の3点を徹底させているという。記者が駅伝部寮を訪れた際にも、部員全員が気持ちの良いあいさつをしてくれた=千葉県我孫子市の中央学院大で、早稲田大・竹中百花撮影「無理はさせない」練習で開花する実力 また、体育方法学を専門とする教員の立場を生かして、年々のチーム成績だけで評価される短期契約のプロ的な監督とは違い、「学生のうちに成績を残すことに注視しすぎず、大学は通過点と捉えて指導している」と語る川崎監督。学生たちの卒業後の将来を見越しての指導は、無理をさせない、押しつけの練習にしないことが軸だ。「勝つに越したことはないが、できないことをするのではなく、背伸びをしすぎない目標を立て、それを目指す過程に意味がある」という。何より監督自身がそうした過程が好きだとほほえんだ。 実績のある高校生を勧誘する際には「大学で終わりではない。競技を続けるなら必ず君に合うところを紹介するからという話をする」というが、その勧誘に応じて同大に入学する高校生はほとんどいないという。 実際、チームには高校時代に主要大会で実績を残した選手はほとんどいない。しかし入部した“無名”の部員たちは年次を重ねるごとに、着実に確かな実力をつけていく。同大の過去の箱根駅伝出走者をみても、年次の高い選手が多く、個人の記録をみても確実に年々伸びている選手が多いのが特徴だ。 就任時には駅伝界でほとんど無名だった同大だが、箱根駅伝では監督就任2年目の第70回大会(1994年)において初出場を果たし、第84回大会(2008年)には最高順位3位を記録した。今回で本大会出場は25回目、3年連続の出場となり、確実にその名を全国にとどろかせている。 箱根駅伝のことだけを考えるともっと練習が必要だというが、「箱根駅伝が全てではない。大学は通過点だ」ということを念頭に置いた指導法が、確かに生きているようだ。練習前の選手たちを石橋主務とともに柔らかい表情で見守る川崎監督(中央)=千葉県我孫子市の中央学院大グラウンドで立教大・宇野美咲撮影「後半の粘り」に注目 今年10月の予選会の目標として、選手たちは3位通過を掲げていた。監督自身としては、過去の予選会の結果と他大学の力量を考慮すると、大きなミスがない限り3位以上は堅いだろうという確信はあったそうだ。そこで本大会でシード権獲得を目指す選手たちに、「3位でいいのか? シード獲得を目指すなら予選会の目標は1位通過の方がいいんじゃないか」と言ったという。 目標を優に上回る1位での通過に、選手たちは驚きと、本番に向けたプレッシャーを感じた様子だったそうだ。ただ監督は、「1位通過という成功体験ができてよかったのではないか」と振り返った。 箱根駅伝において、これまでどの区間も後半の失速が課題だったという。出だし1キロは好調だが、その後は失速が目立っていた。この1年間は後半の粘り強さを徹底的に追求してきた。当日のレースはぜひ各区間の後半の走りに注目してほしい。 また予選会に続き、本戦当日のオーダーを学生にも考えさせているそうだ。「学生が今どう思っているかが大切」で、監督と選手の意向が合致するのが、チームとしていい状態だという。 今一番頭を悩ませているのが1区に起用する選手。1区は度胸があって肝が据わっていることが求められる。当日は1区起用の選手にも注目だ。選手みんなでつかみ取った、関東で20校しか出られない箱根駅伝の出走権。チームの目標はシード権(総合10以内)の獲得。「悔いなくやってほしい。ただそれだけだ」と力強く語った。川崎監督の研究室にはこれまで駅伝チームが箱根駅伝および全日本大学駅伝で収めた好成績を表彰する賞状がぎっしり並んでいた。監督のこれまでの歩みが感じられた=千葉県我孫子市の中央学院大で、早稲田大・竹中百花撮影「成」の字に込める思い 川崎監督にチームを漢字1文字で表してもらった。監督が選んだのは「成」。成長でもあり、なせば成るでもあるという。これは監督として学生と接してきてずっと感じてきたそうだ。自身については、選手たちが「怖」ではなく、「熱」と思ってくれていたらいいなとほほえんだ。 「決して箱根駅伝が全てではない」という監督の言葉の裏には、学生たちの将来を背負う覚悟と愛を感じた。監督の愛と熱の下で成長した中央学院大の当日の走りに注目だ。全体練習に向けて選手たちに言葉をかける川崎監督(後ろ姿左から3人目)。優しい声であったが、緊張感と選手たちの真剣なまなざしがそこにはあった=千葉県我孫子市の中央学院大グラウンドで、上智大・平野恵理撮影監督が選ぶ「一番〇〇」な選手 この1年で一番成長したのは、4年生の近田陽路(こんだ・ひろ)選手。有言実行してしっかり成績を残すと同時に、キャプテンとなり周囲を見る力が付いたという。一番頼りになるのも近田選手だそうだ。 一番まじめな選手は、4年生の坂本駿(さかもと・しゅん)選手。話下手で緊張しがちだが、まじめな一面があるそうだ。一番早起きが苦手な選手は、2年生の徳善龍(とくぜん・りゅう)選手。過去には寝坊によりレースに出られなかったこともあるという。 一番のムードメーカーは3年生で副寮長の野村慈音(のむら・しおん)選手。一番負けず嫌いなのは、強いて挙げるとすると2年生の長部虎太郎(おさべ・こたろう)選手だという。過去の箱根駅伝で使用したたすきを研究室に飾る川崎勇二監督=千葉県我孫子市の中央学院大で、立教大・宇野美咲撮影 また、監督の思う今大会における一番の注目選手は、2年生の米田昂太(よねだ・こうた)選手。けがによりなかなか大会に出られていないが、「スタートラインに立てば強い選手だ」と太鼓判を押す。 選手の顔やエピソードを思い出す監督の顔には、笑みがあふれていた。