皇室スケッチ毎日新聞 2026/1/9 05:30(最終更新 1/9 05:30) 有料記事 1836文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷海外の研究者とも交流されていた常陸宮さま。右から2人目は、実験病理部長として研究を指南していた高山昭三さん=癌研究所で1978年撮影(H.I.H. Prince Hitachi's Bibliographyより) 皇室の伝統は「武」ではなく、常に学問でした――。 昭和のころ、高校3年生だった天皇陛下への期待を記者に問われた時の上皇さまの言葉だ。 実際、皇室には公務とは別に、研究を続けられる方が珍しくない。上皇さまの弟、常陸宮さまもその一人。卒寿(90歳)を迎えた常陸宮さまの研究者の一面を紹介する。「堅実で実直な研究者」 常陸宮さまは学習院大理学部化学科を1958(昭和33)年に卒業し、東京大の動物学教室で主に細胞生物学を研究していた。 だが、東大では学生運動が激化。安全性を考慮して69年に東京都豊島区にあった癌(がん)研究会癌研究所(現在のがん研究所)に拠点を移した。 客員研究員として迎えられ、皇族としての公務に励む一方、時間の許す限り研究所に通い続けた。朝から夕方まで、他の所員と同じような勤務時間の日も珍しくなかった。 当時をよく知る、がん研究所名誉所長の北川知行さん(89)は「堅実で実直な研究者でいらっしゃった」と振り返る。 インターネットでサクッと検索とはいかなかった時代、必要な資料や文献にたどり着き、丁寧に読み込む努力を惜しまない姿勢があった。魚類の腫瘍研究に没頭 当初は実験病理部に所属し、ラットなどを用いて肝臓がん初期の染色体研究などを進めていた。…この記事は有料記事です。残り1302文字(全文1836文字)【前の記事】天皇陛下、万博で国際親善 ヨーグルトから音楽まで多様な話題で関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る現在昨日SNSスポニチのアクセスランキング現在昨日1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>