毎日新聞 2026/3/6 09:15(最終更新 3/6 09:15) 806文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷2階のアーチが特徴の河村写真館=山口市竪小路で2026年2月18日午前11時48分、三森輝久撮影写真一覧 中世の面影が残る山口市竪小路(たてこうじ)に、築140年ほどの洋風木造2階建ての元写真館がある。 板張りの外壁の塗装は淡い緑色がかすかに残り、鮮やかな朱色の屋根瓦は所々こけむしている。基礎が傷んでいるためか、西側2階に三つある窓枠は少し傾いている。北にある玄関側の2階ベランダにある三つの連続したアーチとその上の塔屋が特徴的。宮崎駿さんのアニメに登場するような洋館だ。 河村写真館。2006年、山口県指定有形文化財になった。西側から撮影した河村写真館。基礎が傷み、窓枠が傾いている=山口市竪小路で2026年2月18日午前11時49分、三森輝久撮影写真一覧 玄関側からの奥行き(桁行(けたゆき))11・65メートル、幅(梁間(はりま))6・1メートル。西洋の建築技術が入る前の、和の建築技術による洋風建築「擬(ぎ)洋風建築」の一つ。Advertisement 1887(明治20)年前後、旧士族の松原繁が「松原写真館」として建築したとみられている。 山口県文化振興課は「地方における市民生活の近代化を象徴する貴重な建造物」「所有者を変えながらも、およそ120年にわたり写真館として使用され続けたことは、国内においても他に例がなく、建築当時の原形をよくとどめている」と評価している。 山口市によると、松原繁以降、写真館を営んだ人は3人。4人目の経営者が2010年に亡くなって廃業し、空き家になり、遺族が市に寄贈を申し出て24年8月に市の所有になった。 調査する中で、朱色の屋根瓦は主に昭和期に使われたセメント瓦で、完成当初は違う屋根だったことなどがわかった。 山口市文化財保護課は「専門家の知見を得て補修し、地域の方々の意見を聞いて保存する。使い方は今後検討する」としている。 河村写真館の南側には、室町時代に西日本に一大勢力圏を築いた守護大名、大内氏の館跡がある。 このあたり一帯は大内氏が京都を模した街づくりを進め、山口が「西の京」といわれるゆえんとなった。 河村写真館の北西約800メートルには1442年建築の国宝「瑠璃光(るりこう)寺五重塔」がある。【三森輝久】あわせて読みたいAdvertisement現在昨日SNSスポニチのアクセスランキング現在昨日1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>