深掘り2026年3月7日 13時00分有料記事藤谷和広 後藤一也阪神・淡路大震災で橋脚が崩れ落ちた高速道路=1995年1月17日、兵庫県西宮市 災害派遣医療チーム(DMAT)の原点は、1995年の阪神・淡路大震災だ。倒れた家屋の下敷きになって多くの人が亡くなり、長時間圧迫されることで筋肉が壊死(えし)し、腎不全や心停止を引き起こす「クラッシュ症候群」が注目された。通常の医療ができれば「防ぎ得た死」は約500人にのぼるとされる。阪神大震災が原点 「防ぎ得た死」の教訓 その教訓から、災害発生後、約48時間以内に現場に入り、「がれきの下の医療」を含む重傷者の救命処置にあたる必要性が認識された。各地に災害拠点病院ができ、そこから派遣される自己完結型の医療チームが、こうした役割を担うことになった。 だが、2004年の中越地震では、災害拠点病院からの派遣が遅れ、24時間以内に現地にたどり着けたのはたった数チーム。組織的な活動ができなかった。訓練を重ねた専門チームが必要となり、国は05年4月に全国的な組織としてのDMATを設立した。発足直後に起きたJR宝塚線(福知山線)脱線事故が、最初の公式活動となった。新潟県中越地震で脱線した上越新幹線「とき325号」=2004年10月、新潟県長岡市、代表撮影チームで活動 「自給自足」で被災地へ DMATは原則、医師1人、看護師2人、業務調整員1人の4人でチームを構成する。専門的な研修や訓練を受け、ふだんは病院に勤務。災害が起きたら、チームで被災地に駆けつける。被災地に負担をかけないよう、3~4日分の食料や水を持ち「自給自足」する。25年4月時点で、全国1840隊、1万8909人が研修を修了している。 当初は、重傷者の手当てが主な任務と考えられていた。だが、11年の東日本大震災以降は救命医療の提供よりも病院支援が必要とされるようになっていった。 そこで活用されたのが、国の…【スタンダードコース|デジタルのみ】今なら4カ月間月額200円で読み放題/再入会は500円!詳しくはこちら【ダブルコース半年割|宅配購読者限定】今だけ超特価!はじめの4カ月間は月額100円!詳しくはこちらこの記事を書いた人藤谷和広くらし科学医療部|医療、災害専門・関心分野民主主義後藤一也くらし科学医療部|医療担当専門・関心分野科学、医療関連トピック・ジャンルこんな特集も注目ニュースが1分でわかるニュースの要点へ3月7日 (土)イラン指導者選び 「関わる」日本生命、オープンAIを提訴選抜高校野球 組み合わせ決定3月6日 (金)「カイロス」 打ち上げ失敗「台湾独立勢力に打撃与える」WBC開幕 日本きょう初戦3月5日 (木)旧統一教会に解散命令イラン情勢受け東証3日続落米軍、エクアドルで軍事作戦3月4日 (水)対イラン攻撃 長期化を辞さず南鳥島で核ごみ調査申し入れ女性7割「性的からかい」経験トップニューストップページへトランプ新関税「日本は引き上げ対象外に」 訪米中の赤沢大臣が要請9:38ロシア選手入場にブーイングも 共生うたうパラリンピックに紛争の影10:30「3号機が動き出す」 データセンター建設で高まる原発増設への期待8:00菊池雄星の日本代表は「最初で最後」 旧友が明かす20年前の夢11:00置かれた一輪の花、電話ボックスが「聖地」に NTTは「ご配慮を」8:00「一緒に通える高校ほしい」 障害ある仲間の思い、実現した公立高校11:00