「プロジェクト・ヘイル・メアリー」 「プロジェクト・ヘイル・メアリー」が、映画業界に一石を投じている。 3月20日に世界同時公開されるやいなや、最初の週末3日間で全世界興行収入1億4090万ドル(約224億円)を記録し、2026年最大のオープニング成績を樹立。日本国内でも同週末に約4億833万円の興収、動員数約23万3000人をたたき出し、興収、動員ともに26年に公開された洋画のトップに躍り出た。 しかも本作はシリーズものでも、ユニバースものでもない。既存映画IPに頼らないオリジナルの新作映画としてこの数字をたたき出したのだ。Advertisement コロナ禍以降、続編や既存IPに頼らない作品で初週海外収入5000万ドル(約79億4000万円)を超えたのは、「オッペンハイマー」「F1/エフワン」しかない。「オリジナル映画は売れない」とまことしやかに語られてきた業界の空気の中で、本作はその数字をもって静かに反論してみせた。 Amazon MGMスタジオ作品としても「クリード 炎の宿敵」を超える最速スタートとなり、スタジオの存在感を改めて印象づける結果となった。 映画批評サイト、ロッテントマトでの好意的評価のスコアが、批評家94%、観客96%という異例の高い数字で、口コミやSNSでの熱量がオープニングの好発進をさらに後押しした格好だ。「プロジェクト・ヘイル・メアリー」原作、監督、主演そろい踏み では、なぜこれほどまでにヒットしたのか。そもそも、本作は公開前から勝ち筋が見えていた。 原作は「火星の人」(映画「オデッセイ」の原作)のアンディ・ウィアーによる同名小説で、発売直後にニューヨーク・タイムズのベストセラーリスト3位に初登場し、その後40週にわたってランクインし続けた作品だ。英語圏ではその時点からすでに映画化への期待が高まっていた。 メガホンを取ったのはクリストファー・ミラー&フィル・ロード。「21ジャンプストリート」「レゴムービー」を手がけ、「スパイダーバース」シリーズでは既存のアニメーション表現を根底から塗り替えてアカデミー賞を受賞した、エンターテインメントの作り手として一線級のコンビだ。 そして主演はライアン・ゴズリング。「ドライヴ」「ラ・ラ・ランド」で証明済みの、実力と存在感を兼ね備えた俳優である。 原作・監督・主演、三つの「間違いない」がそろった時点で、内容以前にすでに期待値は天井に近かった。「プロジェクト・ヘイル・メアリー」理系にも文系にも響く そして、内容もまた、その高い期待を裏切らない。 宇宙空間でひとり目覚めた主人公グレース(ゴズリング)は、自分がなぜそこにいるのかさえ思い出せない。 本作はその一点から始まる。観客もまた、グレースと同じ“情報の欠落”の中に放り込まれる構造になっており、断片的によみがえる記憶と限られた手がかりを手繰りながら、少しずつ状況の全貌が明らかになっていく。SFでありながらミステリーのような緊張感を持つ語り口は、最後まで観客をグレースと同じ立場に置き続ける。 本作を概観すると、根本は“宇宙の危機を異星人とともに救うSF作品”であり、SFとしての知的興奮を巧みに与えてくれる一作だ。 しかし、ただのSFサバイバルだけに終わらないのが本作の魅力だ。孤独な異星人同士の間に感情的な共鳴が生まれ、かけがえのないバディーとなっていく様子を描いた感動的なヒューマンドラマという側面も持ち合わせている。“理系にも文系にも響く”とはこのような作品のことをいうのだろう。「プロジェクト・ヘイル・メアリー」科学的思考をエンタメに 本作の推進力は「答え」ではなく「問い」にある。太陽の減光という前代未聞の現象を前に、グレースはひたすら仮説を立て、実験し、失敗し、また考える。その繰り返しこそが物語の骨格であり、観客はいつしか結末よりもその「問題解決プロセス」自体に引き込まれていく。 映画を見ているというより、研究室で思考実験に付き合わされているような、独特の没入感だ。 扱われるサイエンスの領域も幅広い。天体物理学(太陽や地球)、相対性理論(時間のズレ)、分子生物学(謎の微生物)、工学(宇宙船設計)、化学(エネルギー物質)——複数の分野が自然な流れで物語に織り込まれており、「なぜそうなるのか」「次にどうすべきか」と頭を動かす楽しさが絶えず供給される。 原作小説に比べれば映像メディアとしてそしゃくされている部分もあるが、それでも本作は、科学的思考そのものをエンターテインメントに昇華した、けうな作品のひとつだ。 それに対して、ヒューマンドラマという視点で本作を見ると、“孤独の物語”がやがて“分かり合う物語”へと転じていくという感動を味わうことができる。 序盤、グレースが孤立した現在と地球での記憶を交互に積み重ねる構成も巧みだ。もともとおしゃべりで、コミュニケーションそのものを生きがいにしているようなグレースの人物像が少しずつ浮かび上がることで、宇宙での孤独はいっそう深く、切実に刺さってくる。「プロジェクト・ヘイル・メアリー」共感呼んだ異質な存在との協調 そこに現れるのが、知的生命体「ロッキー」だ。言語も常識も、そもそもの生物としての前提すら異なる相手と、手探りで関係を築いていく過程が、本作の核心にある。 その試行錯誤の描写が、とにかく丁寧で豊かだ。小さな相互理解の積み重ねが緊張の中にぬくもりを生み、やがてユーモアまでをも連れてくる。 “他者と分かり合い、協働すること”が地球の命運を左右するという構造は、SF的な設定でありながら、普遍的な人間の営みそのものを映し出している。 「美女と野獣」「E.T.」「シザーハンズ」「シェイプ・オブ・ウォーター」、そして現在上映中の「OCHI! オチ」といった数々の映画が描き続けてきた“異質な存在を排斥せず、理解し協調することの大切さ”というユニバーサルなテーマ性が、本作にもたしかに息づいている。 日々SNSを開けば“自分と異なるもの”への拒絶や罵詈(ばり)雑言を目にするような現代だからこそ、改めてこのメッセージ性が世界中で共感を呼んでいるのではなかろうか。孤独ゆえにつながる異星人 孤独な者同士が、孤独ゆえにつながっていく。その過程を経て、グレースとロッキーはやがて互いの母星を救うために力を尽くす、かけがえのないバディーへと変わっていく。 気づけば我々観客も、岩に足が生えたような風貌のロッキーがいとおしくてたまらなくなっている。 グレースが地球に帰還できるかどうか、ロッキーは必死で頭を悩ませる。ロッキーがピンチに陥れば、グレースが必死で奔走する。言葉も、常識も、生物としての前提さえも違う2者が、それでも互いを思いやる——その積み重ねが確実に心を揺さぶる。 出自や言語を超えた絆がこれほど自然に成立するのは、ひとえにその関係性の描き方が丁寧だからだ。 互いを思いやり続けた2人が迎える結末——それを見届けたとき、観客は深くエモーショナルな余韻と、「ものすごい映画を見た」という興奮を胸に劇場を後にすることができる。「プロジェクト・ヘイル・メアリー」核となったゴズリングのひとり芝居 そして、本作を“理系にも文系にも響く作品”たらしめた重要なカギが、我々が感情移入する主人公、グレースという人物の秀逸な造形だ。 科学的な知識で仮説を立て、実験し、失敗から学び真実へと迫る合理的な思考回路を持ちながら、本質的には感情的かつ臆病で孤独に震え、他者とのつながりに光を見いだす。 そしてその孤独な状況においても、正しいことをしようとする信念を手放さない——その合理思考と人間くさい矛盾を両方抱えた彼のキャラクターが、物語に知的ロマンと体温を与えた。 100時間以上とも報じられるひとり芝居の撮影をこなし、本作の核を作り上げた名優ライアン・ゴズリングの功績に、心から拍手をささげたい。 知識と理論思考をもとにしたトライ&エラーが未知の脅威に対する希望となり、他者との出会いとコミュニケーションが暗い孤独を溶かしていく――SFという枠に収まらない映画「プロジェクト・ヘイル・メアリー」は、26年屈指の映画体験と断言していい。 理系も文系も、SF好きも苦手な人も、ぜひこの壮大な物語を、グレースとともに劇場で体感してほしい。(ヨダセア)