「出版甲子園」決勝大会でグランプリに輝いた森花菜さん=東京都新宿区の早稲田大で、慶応大・渡辺佳奈撮影 出版・書店業界を取り巻く環境は厳しさの一途をたどっている。2025年、紙の出版物の推定販売金額は50年ぶりに1兆円を割り込んだ。ここ20年で書店の数は半減しているという。しかしこうした逆境下でも、紙の書籍の出版に情熱を燃やす若者たちがいる。「出版」に夢を託す大学生と、山積する課題の克服を模索する出版・書店業界の方々を取材した。【早稲田大・奥村慎(キャンパる編集部)】「豆チョウ」の魅力を伝えたい 「チョウチョウウオはどこの水族館にもいるのにあまり知られていない。私自身が“豆チョウお姉さん”として活動することで、認知度を上げていきたい」Advertisement そう話すのは、通信制のZEN大学知能情報社会学部2年の森花菜(はなな)さん(19)だ。森さんは神奈川県真鶴町在住で、自身が採集に取り組む「チョウチョウウオ」の幼魚、「豆チョウ」を多くの人に知ってもらうため、その魅力をガイドブックとして出版し、自身の言葉、そして手書きのイラストで伝えたいと意気込んでいる。 森さんは、相模湾に突き出た半島状の真鶴町の魅力を伝えるウェブサイトを運営するなど地方・地域創生にも積極的に取り組んでおり、真鶴町長からは“豆町長”と呼ばれるまでに認められているという。「豆チョウ」のガイドブック出版について、自身が描いたイラストを用いて提案する森さん=東京都新宿区の早稲田大で、慶応大・渡辺佳奈撮影アイデア勝負の「出版甲子園」で注目 この森さんの出版企画が注目を集めたのが、昨年12月に決勝大会が開催された「第21回出版甲子園」というイベントだった。 「出版甲子園」は、早稲田大学に本拠を置き、他大学の学生も参加できる公認の学生サークル「出版甲子園実行委員会」によって05年から原則毎年開催されている「学生の、学生による、学生のための出版コンテスト」。自身のアイデアを出版につなげたい学生が企画案を提出し、実行委員会による審査を通過した企画が決勝大会で披露され、グランプリを決める。21回大会では、編集者や書店員ら24人がその審査を担当した。 決勝大会に進んだ企画はプロの編集者に共有され、書籍化のオファーを受けるチャンスがあるのが最大の魅力だ。実行委員会の代表を務める東京大学法学部3年の管原(すがわら)秀太さん(20)によると、これまでに46作の企画案が書籍化され、23年に刊行された「宇宙一わかりやすい高校化学 理論化学 改訂版」(船登惟希さん著、Gakken)は、シリーズが累計100万部を超える大ヒットを記録したという。 今年は審査を通過した7作品が決勝大会に進み、企画者が早稲田大で行われた決勝大会で、思い思いのプレゼンテーションを行った。その中でグランプリを獲得したのが森さんだ。森さんは、物心ついた頃から身近だったというマリンレジャーを題材にした。届けたいターゲットは、採集やコレクション文化になじみのある小学生や若い女性だという。 高い評価を受けたことについて森さんは「図鑑や写真集、あるいは子ども向けから大人向けまで、ターゲットに合わせて多様な形に『調理』できるコンテンツとしての可能性を面白がっていただけたのかなと思う。出版に向けた動きはもちろん将来的には本という形を超えて、豆チョウ水族館をつくりたいという夢を持っている」と語った。出版甲子園に応募する学生は「専門性以上に、面白さを伝えることを主眼に書いている方が多い」と分析する、実行委員会代表の管原秀太さん=本人提供学生にしか書けない本をこれからも そんな大会を主催する「実行委員会」には、25年度末現在で90人ほどの学生が所属する。決勝大会までの審査は、同委員会の学生が担う。学生から応募される企画の審査については、専門性や正確さ以上に面白さを重視している。実行委員会代表の管原さんは「注目を集めることが必要なSNSと違い、書籍は口下手な人でも自分の思いを伝えられるメディア。出版甲子園は、面白いアイデアを持っている学生に等しくチャンスを与えられる場でありたい」と話す。 出版甲子園のイベント創設に尽力した出版コンサルティング会社、株式会社天才工場の吉田浩さん(65)は今大会のイベントとしてのクオリティーを高く評価。その上で、これからの大会について「(企画者には)今後も学生にしか書けない、長く残る本の企画を出してほしい」と語った。「出版甲子園」に創設時から関わる出版プロデューサーの吉田浩さん。「豆チョウ」の企画について「10年残るベストセラーになりうる」と太鼓判を押す=東京都新宿区の早稲田大で、慶応大・渡辺佳奈撮影価値を左右するのは「語り手は誰か」 ただ、出版業界が直面する問題は山積しており、どう克服していくか、決勝大会で審査員を務めた業界関係者も頭を悩ませる。 第一は、近年急激に普及が進む人工知能(AI)だ。出版甲子園決勝大会の審査員の一人で、紀伊国屋書店の新宿本店で店長を務める星真一さん(54)は「知識だけなら、大概のことは生成AIが教えてくれる。一般的な料理のレシピや映画の情報など、これまでお金を払って得る情報だったものに誰もお金を払わなくなった」と、その変化を痛感している。書店について「本屋もメディアの一つ。必要としている人に本が届くように配慮するのが僕らの技術」と語る、紀伊国屋書店の星真一さん=東京都新宿区の早稲田大で、慶応大・渡辺佳奈撮影 昨年9月にサイバーエージェントが発表した生成AI利用実態調査によると、10代はインターネットの検索で、代表的な検索エンジンYahoo(ヤフー)を使う人は約3割だが、生成AIのチャットGPTを使う人は約4割と、1割以上多かったという。「調べ物と違い、物語はそれを読むこと自体が目的になるため有料コンテンツとして生き残りやすい。AIではなく誰が語っているのかということに、これまで以上の価値がつくと思う」と、星さんは分析する。 管原さんは、生成AI利用の是非について出版甲子園実行委員会の中での議論が追い付いていない、とした上で「物をつくる人間として、関わりを避けられないところまできている。現時点でAIを積極的に認めるわけではないが、(AIと)オリジナリティーの部分をいかに両立させていくかを考える必要がある」と、その悩ましさを口にした。「人を変える力」で生き残れるか 第二はSNSだ。出版甲子園決勝大会に出場した学生に話を聞くと、必ずと言っていいほどSNSと書籍を比較して語る人が多いのが印象的だった。慶応義塾大学4年(当時)の武田壮太さん(22)は「SNSで『バズる』のと違い、本は情報が何十年も残る」と語った。また金沢大学大学院2年の薬師功哉さん(27)は「人の生き方を変える力はSNSより本の方が強いと信じている」と話した。 とはいえ、X(ツイッター)やインスタグラム、ラインなどのSNSは、現代の若者の主要情報ツールだ。実行委員会の管原さんは「時間に追われている中で、簡便で素早く入手できるコンテンツに注意を引かれるのもわかる。諦めはありつつも、本という選択肢を提示し続けたい」と少し寂しそうに語る。SNS全盛の時代に生きる学生の間で、本の価値は受け継がれていくのだろうか。「出版甲子園」決勝大会の会場には大勢の観客が訪れ、「観客票」を投じるなど盛り上がりをみせた=東京都新宿区の早稲田大で、慶応大・渡辺佳奈撮影利点は大きいが危うい点も 第三は電子書籍だ。紀伊国屋書店の星さんも「敵対すべきものではない」とそのメリットを認めるように、近年は電子書籍のシェアが伸びている。出版科学研究所によれば、紙の本はピークと比べると4割以下にまで売り上げを落とす一方、電子書籍の売り上げはここ10年で5倍近くにまで膨らんだという。 会場を訪れた観客に話を聞くと、紙媒体を好む人が比較的多い一方、「文字を拡大できるのがいい」「分厚い本でも読みやすい」と電子書籍に切り替えた人たちもいた。紙の本と電子書籍を併用するという決勝大会出場者の一人は「(電子書籍によって)読書のスタイルが増えて、もっと手軽に読めるようになった」とその利点を語った。 今回審査員を務めた、光文社で新書の編集を担当する江口裕太さん(28)は電子書籍の売り出し方について「取り決め上、紙の本は価格を変えられないが、電子書籍はセールにしたり読み放題にしたりできる」とその利点を語る。ただその一方で「電子書籍で短期的には読者を獲得できるかもしれないが、そうした購買行動が中心になって、紙の書籍の販売が一層落ち込むことにならないよう業界が考えなければならない」と警鐘を鳴らすことも忘れなかった。「書籍はこれまでの人類の蓄積そのものだと思っている」と語る光文社の江口裕太さん。若い人に向けて「どんな接し方でもいいので触れてほしい」と話す=東京都新宿区の早稲田大で、慶応大・渡辺佳奈撮影思い描く未来はさまざま 時代の荒波の中で、紙の書籍は生き残っていけるだろうか。江口さんは「コミックをインハウス(自社内製)でアニメ化したり、映画化したりする動きが出ているように、これまでの出版社の枠組みが変わるかもしれない。新書の売り上げが落ちているとは言われつつ、ヒット作は出ている。面白いものをつくる中心にはいられるのかなと思う」と話す。 また自著出版に意欲を燃やす森さんは「(自分と近い意見の投稿が多く表示される)ネットと違い、書籍は書店の店頭に並びいろんな人の目に留まる機会がある。本に触れることがなくなることはないと思う」と語る。 管原さんも「フランスには、学校で生徒を書店に連れて行き、クーポンを与えて本を選ばせる取り組みがあり、その結果読書への関心も高まっている。魅力はあると思うので、政策など試み次第でまだまだ盛り上がる余地がある」と指摘した。