毎日新聞 2026/4/2 09:15(最終更新 4/2 09:15) 889文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷閉館当日、自身を描いた絵看板を前にポーズをとる支配人の冨岡和彦さん=大阪市浪速区恵美須東2の新世界国際劇場で2026年3月31日午後4時30分、露木陽介撮影写真一覧 「劇場消滅!! 未来なき者猛激闘集」――。 現代には珍しい絵看板と、過激な宣伝文句で長年親しまれてきた大阪・新世界の映画館「新世界国際劇場」(大阪市浪速区)が3月31日、その歴史に幕を下ろした。最終上映日となったこの日、ファンや常連客が引っ切りなしに駆けつけ、劇場の“完全消滅”を惜しんだ。 劇場は芝居小屋「南陽演舞場」として1930年にオープン。アールデコ調の鉄筋造りの建物は戦火をかいくぐり、終戦後の50年に映画館に改装された。成人映画を流す地下劇場と合わせ501席あり、1000円で3本立ての洋画を上映してきた。Advertisement 労働者の街「釜ケ崎」が近く、かつては日雇い労働者たちの娯楽の場だった。しかし、近年は建物や映写機が老朽化し維持費がかさむ一方、観客数は減少。支配人の冨岡和彦さん(58)は「常連さんも高齢化してきた。新世界のまちも雰囲気が変わってきて、『場違い』な感じになってしまったのもあり、閉館を決めた」と話す。 劇場の名物だったのが、手書きの映画看板。縦約1・8メートル、横約8・4メートルの大きさで、映画の場面やタイトルを紹介してきた。新世界国際劇場。手書きの映画看板が名物だ=大阪市浪速区恵比須東2で2026年3月26日午後1時40分、露木陽介撮影写真一覧 看板は大阪市西成区の映画看板絵師、八条祥治さん(69)が制作しているもの。冨岡さんが映画の内容や文言などを大まかに伝え、あとは八条さんの感性に任せてきたといい、「手書きの温かさもあるし、構成も自由。独特のインパクトがあって、この劇場になくてはならないもの」だという。 最後の看板は「これにて閉館!!」という文字とともに、八条さん自身の似顔絵を掲げた。「最後くらいはいいんじゃないかと思ってお願いした」と冨岡さんは話す。 この日は常連客から「長い間ありがとう」「お疲れ様」といった声とともに差し入れの品も多く届いた。堺市南区から来た会社員男性(47)は「10年ほど通っている。閉館の話を聞いたときは『ついに来てしまったか』と……。とても残念」と肩を落とす。 冨岡さんも「劇場を通してさまざまな人間模様を見させてもらった。劇場はもはや私の一部」とさみしさをのぞかせた。 建物や跡地は売却され、今後の利用などは未定という。【露木陽介】あわせて読みたいAdvertisement1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>