加奈さんが幼いころに描いた絵。「おかあさんとかながテニスしてるところ」と書かれていた=2025年9月27日午後0時39分、東京都内、黒田早織撮影 17歳だった娘が殺害されてから約7年がすぎたころ、両親のもとに、加害者の男から「賠償金を払いたい」との申し出があった。しかし、1億円の賠償責任を負う男が、これまでに払ったのは計4万2千円。被害の回復が進んだとは言いがたく、むしろ両親に新たな葛藤をもたらしている。 都内に住む岩瀬裕見子さん(57)と正史さん(56)の次女の加奈さんは2015年11月、アルバイト先の元同僚の男(39)に首を絞められ、窒息死させられた。男は強盗殺人罪に加え、強盗強姦(ごうかん)未遂の罪でも起訴された。 「犯人に、更生も反省も求めません。加奈のことを一瞬たりとも思い出すことができないようにしてやりたい」 両親は、男の刑事裁判でそう訴えて死刑を求めたが、判決は検察の求刑通り無期懲役だった。 刑事裁判と並行して男に損害賠償を求め、最終的に、1億円の賠償金の支払いを命じる判断が確定した。 ところが、賠償金はまったく払われないままだった。男の家族が代わりに賠償することもなかった。 事件から7年余りがたった23年2月。東日本の刑務所で服役中の男から弁護士を通じて両親のもとに、賠償の意向があるとの知らせが届いた。 刑務所で服役する受刑者は、刑の一環として木工や印刷、洋裁などの作業をすることで「作業報奨金」を釈放時に国から受け取る。 被害者に賠償金を支払うなどの目的であれば受刑中でも報奨金を受け取れるため、男はその一部を賠償にあてたいとのことだった。「領収書が欲しい」と言われ だが、男が両親に示した額は「年間で計1万4千円」。1億円の賠償責任を負うことからすると、あまりに少なかった。しかも男は「領収書が欲しい」と伝えてきた。 こうした対応に、正史さんは「反省のアピールに使いたいのであれば納得できない」と感じた。男が裁判で「無期懲役だと更生の意欲がなくなる」と開き直ったかのように話した当時を思い出し、苦しくなった。 2人は「申し出を拒むべきではないか」とも考えたが、代理人弁護士の意見も聞き、受け取ると決めた。しかし、受け取る金額にも、やるせなさが募るばかりだった。 作業報奨金の予算額(24年度)は、受刑者1人の1カ月あたり平均で「4578円」。単純計算で年間では5万円以上になる。 受刑者ごとに金額は異なり、男が受け取る額は不明だが、男が示した送金額は「年間で1万4千円」だった。裕見子さんは「作業報奨金をすべて払うのであれば反省していると思えるが、少なすぎる」と憤る。「全額を払っても刑務所であれば生活できるでしょう」 しかし、作業報奨金は出所後の社会復帰のためのお金だ。被害者といえども、強制的に払わせることはできないとした最高裁判例もある。絵が好きだった加奈さんが高校時代に描いた絵。台湾の観光地・九份(きゅうふん)を描いた=2025年9月27日午後0時38分、東京都内、黒田早織撮影「絵に描いた餅」 2人は男の金を手元に置きたくないと感じ、受け取ったお金をすべて地震の被災地などに寄付してきた。 現状では、弁護士費用など時間と労力をかけて得た1億円の賠償請求権が「絵に描いた餅」になっている。 裕見子さんは「理不尽としか言いようがない。誰がどう動いてくれたら、この状況が前進するのでしょうか」。男からの送金がずっと続くとの期待もできない。 正史さんは「こちらが賠償を求めているのだが、ジレンマがある」とうつむく。受け取るべきなのか。なぜこの金額なのか。加害者はこんな対応で「賠償している」と考えているのか――。 「いまの仕組みは破綻(はたん)している。加害者が払うべき賠償金を国が一時的に立て替えた後、加害者から回収する制度をつくれないか」と正史さんは話す。被害者や遺族によっては、事件の影響で収入が激減して生活がままならなくなるためだ。 事件から10年がたった。裕見子さんは、司法解剖による大きな傷が冷たくなった娘の体にあった様子が、いまも忘れられない。 償いが不十分なまま、刑務所で衣食住を与えられ、加害者の男が日々を過ごしていることは納得できない。 「刑務所でも甘いものを食べるなど、加害者が幸せを感じることはきっとあるでしょう。加奈はもう、幸せを感じることはできないんです」■加害者から賠償されたのは「…