31年会えない母へ「どこにおるん?」 阪神・淡路大震災から31年

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宮坂奈津2026年1月17日 6時25分灯籠で描かれた「1995 つむぐ 1.17」の文字の周りで地震発生時刻に黙とうする人たち=2026年1月17日午前5時46分、神戸市中央区、伊藤進之介撮影 6434人が死亡した阪神・淡路大震災から17日で31年になった。兵庫県内の各地で追悼の催しがあり、発生時刻の午前5時46分に合わせ、参加者が黙禱(もくとう)を捧げた。 神戸市中央区の東遊園地では、市民でつくる実行委員会主催の「1.17のつどい」が開かれた。今年、約7千本の竹と紙の灯籠(とうろう)を並べて描かれた文字は「つむぐ」。震災後も各地で災害が相次ぐなか、被災者の思いを引き継いでいきたいとの思いを込めたという。 遺族代表として、加古川市の佐藤悦子さん(62)が追悼のことばを述べた。「お母ちゃんへ、どこにおるん? もう31年会えてないよ」追悼のことばを述べる遺族代表の佐藤悦子さん=2026年1月17日午前5時51分、神戸市中央区、米田怜央撮影 母の正子さんは当時65歳。1人で暮らしていた神戸市須磨区のアパートは全壊・全焼し、焼け跡を何度も掘り起こしてもらったが、遺体は見つからなかった。思い知らされた、この世にいない現実 約1年半後に失踪届が受理され、戸籍上は死亡したとされた。だが、震災の死者数には入っておらず、行方不明になった3人のうちの1人として数えられている。 「『お母さんはご健在ですか』と聞かれる場面でも、『どうかなぁ? 死んでいるかも』と答えることがあるねん。お母ちゃんがこの世にいないという現実を、だんだん思い知らされるようになってきたわ」幼稚園に通っていたころの佐藤悦子さんと母の正子さん=佐藤さん提供 昨年11月、神戸市から追悼のことばを述べてほしい、と依頼を受けた。あれから30年が過ぎ、小学生だった娘2人は結婚し、孫もできた。流れた時の長さに、「遺族にならざるをえない」と思い、引き受けたという。 2011年に東日本大震災、24年には能登半島地震が起き、家族を失ったり、行方が分からなくなったりしている人が増え続けていることに、心を痛めている。 「震災は揺れがおさまったら、終わりじゃないよね? 家族を捜し続ける日々があり、今も大切な人に会いたいと思い続ける人がいること、知ってもらいたいよね」高校の卒業式の日の佐藤悦子さんと母の正子さん=佐藤さん提供 佐藤さんにとって、1月17日は「母に会える日」だ。遺骨がないため、墓をつくっておらず、母の名前が刻まれた「銘板」がある東遊園地が唯一、手を合わせる場所。毎年この日は母の写真を持って訪れてきた。 「お母ちゃんとの思い出を思い返すたび、当たり前に一緒に過ごせる時間の大切さを改めて知ったよ。お母ちゃん、ありがとう」この記事を書いた人宮坂奈津神戸総局|神戸市政担当専門・関心分野若者と政治、民主主義、環境問題阪神・淡路大震災1995年1月17日に発生し、6434人が亡くなった阪神・淡路大震災。震災とともに生きてきた人々のストーリーなどをお伝えします。[もっと見る]こんな特集も注目ニュースが1分でわかるニュースの要点へ1月17日 (土)顧客500人から着服など31億円大規模運休、夜間工事が原因衆院選「立候補せず」相次ぐ1月16日 (金)立憲と公明、新党結成で合意維新、兵庫県議ら6人除名軽井沢のバス事故から10年1月15日 (木)首相、衆院解散の意向伝える芥川賞・直木賞が決定規制委、中部電に立ち入りへ1月14日 (水)衆院選ならば辞職意向日経平均、最高値更新久米宏さん死去トップニューストップページへ新党名につく「中道」とは? 由来は仏教、政治的に見ると「宝の山」20:00稼ぐ社員は「神様扱い」の一方で… 生保の巨額不正、背景に業績偏重20:00大川原冤罪事件の賠償金「捜査員が負担を」 都監査委員が異例の勧告20:40飛鳥の記憶、失われる前に書く 「あと10年早ければ」の重い言葉6:00【解説人語】迫る炎、飛び交うヘリ…燃え続ける山梨・扇山の現場では19:59京大生と公表の櫻坂46勝又春さん 入試前の自分に言い聞かせたこと15:00