24色のペン:平和とともに生まれた黒と白の闘い=堀井泰孝

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24色のペン毎日新聞 2026/1/20 10:23(最終更新 1/20 10:23) 有料記事 3092文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷長谷川五郎さんが著した書籍の一部。定年後はオセロ普及のための活動に専念した=茨城県古河市で2026年1月8日、堀井泰孝撮影 全世界に約6億人の愛好家がいるとされるボードゲーム「オセロ」。発祥の地は、英国の劇作家・シェークスピアが活躍したロンドンでも、ノルウェーの首都・オスロでもなく、戦後間もない水戸市だった。考案者は水戸出身の長谷川五郎(故人、本名・敏)さん。一般社団法人・日本オセロ連盟(東京都台東区)の元会長で名誉十段。オセロには、長谷川さんのゲーム愛、古里・水戸への思い、そして平和への熱い願いが込められている。 長谷川さんは1932年、英文学者で後に茨城大教授に就く四郎さんの三男として生まれた。太平洋戦争戦時下の45年春に県立水戸中に入学した。 8月2日未明、米軍の爆撃機B29約160機が水戸を襲った。長谷川さんは火の中を独りで逃げ回った。家族とはぐれ、朝になって家に戻るとみな無事だった。約3時間にわたる水戸空襲で約1万戸が焼け、死者は300人超。市内全域が焦土と化し、長谷川さんの自宅も学校も灰になってしまった。間もなく終戦を迎える。 9月から那珂川の土手に一つだけ黒板を置いて青空授業が始まった。長谷川さんは囲碁と将棋が得意だったが、級友はルールをよく知らない。そこで10分の休み時間に誰でもできる簡単なゲームをと、焼け残った碁石を使って「挟み碁」を発案した。白の碁石で挟んだら黒の碁石を白に取り換える、黒で挟んだら黒に。オセロの原形が誕生した。 県立水戸一高に進学しても、ボール紙で手作りした駒で友達と遊んだ。だが…この記事は有料記事です。残り2485文字(全文3092文字)【前の記事】ハードな中国観光地とアシストスーツ=畠山哲郎関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る現在昨日SNSスポニチのアクセスランキング現在昨日1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>