「オンリーワン」の障害者アート 共生願う画家からのメッセージ

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「絵を描くことはワクワクします」という奥津大希さん=アール・ド・ヴィーヴルで2025年12月9日、國枝すみれ撮影写真一覧 自由な表現で人の心をひき、自立や自己実現の手段としても注目される障害者アート。その可能性を体現し、共生社会の実現に向けてメッセージを発する画家が、神奈川県内にいる。 小田原市にある障害福祉サービス施設「アール・ド・ヴィーヴル」で、自閉スペクトラム症の奥津大希さん(27)が色鉛筆を動かしている。Advertisement 絵を描くときは頭の中でBGMを流す。曲は作品ごとに違う。ピンク色のヒツジを描いたときは、初音ミクの「だんだん早くなる」だった。奥津大希さんの作品「ムフロン」。全体に独特な文字で「幸せのお経」が描かれている=アール・ド・ヴィーヴル提供写真一覧 大胆な色、空と地面を区切る地平線、画面いっぱいに並ぶ独特の形の文字――。これは何?と記者が問うと、奥津さんは答えた。 「幸せのお経です。みんなを幸せにする呪文です」 3年前、100円ショップで般若心経の本を見つけた。「お経にはまる人がいるのはなぜなのだろう」という追求心から購入し、丸暗記した。より経典に詳しくなろうと、法華経も読んでみた。 奥津さんがくみ取った般若心経のメッセージはこうだ。 「僕たち人間と動物は、地球の細胞なんです。だからみんな大切です。みんな仲良く」奥津大希さんの作品「どこかの国のマンドリル」=アール・ド・ヴィーヴル提供写真一覧 絵の題材は本から選び、色は直感で決める。いろいろなアーティストの良い点を比べ、自分なりに解釈し、繰り返し描く。 一番好きな画家は現代アートのレジェンド、ジャン=ミシェル・バスキアだ。マティスやピカソの大胆なフォルムと色彩、ルネッサンス時代の巨匠レオナルド・ダビンチやミケランジェロらの写実的な絵も好きだという。 奥津さんにとってアートとは?記者の追加の質問には、こう応じた。 「(作者の)アイデンティティーを感じることができるもの。オンリーワン!」聖火リレーで意匠採用 施設名のアール・ド・ヴィーヴルは、フランス語で「自分らしく生きる」という意味だ。生活介護と就労継続支援サービスを提供し、知的障害や精神障害などを持つ人が集まり、絵を描いたりフィギュアを作ったりする。併設するカフェで接客する人もいる。 利用者が創作したアート作品は、カフェや病院など約50社にリースして、展示してもらっている。収益は利用者に均等に分配し、月平均で約2万3000円だ。奥津大希さんの作品「マリーシャ」=アール・ド・ヴィーヴル提供写真一覧 奥津さん2021年から週3日、この施設で絵を描く。残り2日は3キロ以上離れた開成町に自転車で通ってシイタケ栽培をしている。 奥津さんの作品は、20年県パラリンピック聖火リレーの出立式ポスターのデザインに採用された。21年、県西部に住む創造的な若手起業家を支援するために作られた「八三財団」の第1期奨学生にも選ばれた。横浜市で開かれる県主催の障害者作品展「かながわともいきアート展」にも24、25年と出展している。 「一番になりたい。小さい頃から負けず嫌いなのです」。奥津さんはニコニコと笑いながら答える。いじめられた子供時代 小学生のころ、同級生に毎日のようにたかられた。一緒にコンビニに行くと、彼らは商品をレジの上に置き、奥津さんに「ごちそうさまでした」と言ったのだ。 心配させたくなかったから、親には黙っていた。しかし、同級生のいじめは家に来て金を盗んでいくまでにエスカレート。奥津さんは一般の公立中に進学したが、1年生の時に不登校になり、2年生になると特別支援学級に進んだ。色もタッチもさまざまな奥津大希さんの作品=小田原市のアール・ド・ヴィーヴルで2025年12月9日、國枝すみれ撮影写真一覧 母親の曜子さん(52)が振り返る。「帰宅した息子が、支援級の子どもたちはまるでお花畑にいるように見えた、と言ったのです。ああ、つらい思いをさせていたのだ、と思いました。普通級に行かせたのは私の願いでしたから」共生へのハードル 曜子さんは、全ての人が人格や個性を尊重し合う共生社会に到達するのはまだ先、とみている。例えば、チャリティー番組「24時間テレビ」やパラリンピックで取り上げられるのは身体障害者が多く、知的障害や発達障害がある人は「扱いが難しい」と思われていると感じる、という。 「小さい頃から、あれができなければ駄目、これができなければ駄目、とたくさん決められている。できないと『駄目な人』と烙印(らくいん)を押される。それが問題だと思います。障害者はあることはできなくても、別のことができるのですから」奥津大希さんと母親の曜子さん(左)、障害福祉サービス施設「アール・ド・ヴィーヴル」の萩原美由紀理事長(右)=小田原市の同施設で2025年12月9日、國枝すみれ撮影写真一覧 奥津さんは好きなことはどんどん掘り下げる。本も読むし、辞書も引く。散歩が好きでどこまでも歩くため、運動靴は毎月買い替える。だが、知能の検査では小学2、3年生くらいと診断される。 曜子さんには忘れられない思い出がある。中学校にもう一人、障害のある男の子(A君)がいて、いじめられていた。 ある時、奥津さんは「いじめている子たちが将来、A君のような子供を生めばいいのにね」と言った。曜子さんは、因果応報という意味だろう、と理解した。しかし、奥津さんはこう続けたのだ。「そうしたら、あの子たちもA君のいい所が分かるのにね」 曜子さんは感動した。「この子は純粋にA君の良い点を見ている。魂の次元が違う」 障害者アートの市場は広がっている。 「息子が絵で生計を立てることができる時代が来てほしいです。この子は、今の私の大きな希望です」【國枝すみれ】