自分らしく 30歳でモデルに転身、40歳で新事業 挑戦続ける元看護士

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事務所でデスクワークする長岡未来さん=札幌市白石区で2025年9月8日、高山純二撮影 安定した大学病院の看護師の仕事を辞め、30代でモデルに転身した長岡未来(みく)さん(43)=札幌市。 「チャレンジ」を人生のキーワードに掲げ、40代になると株式会社を設立し、精神疾患がある人を対象にしたグループホームを開設する。Advertisement 「看護師が常駐するグループホーム」として、「安心・安全」をPRし、いまは札幌市内5カ所目の開設準備を進めている。 モデルの仕事が入り始めたのは、2年目を過ぎたころだった。 事務所とも相談し、「若いお母さん」役などを想定した売り込みがうまくはまった。 オーディションでも選ばれるようになり、道内の大手菓子メーカーやコンビニエンスストアのテレビCMに出演した。 もともと華やかなモデルの世界に憧れていたわけではない。 モデル事務所に入ったのはあくまで「発信力」をつけるためだった。 モデルの活動とともに、当初の目的である食や美、健康に関する講演会なども行った。 フェイスブックの友達は当初の約100人から4500人を超え、自身の発信力に自信がついた35歳のとき、モデル事務所を退社し、フリーランスで活動を始めた。 このとき、新たな挑戦に選んだのが、ドローンオペレーター(操縦士)だった。 ドローンが注目され始めた時期で、農業用ドローンも飛び始めていた。 「食の重要性を訴え、農家さんの大変さや大切さもわかっていた。農家さんの助けになり、健康な人を増やすことにもつながる。それに何かしらの仕事に恵まれるとも思った」中古車販売会社のテレビCMに出演する長岡未来さん(右)。隣は日本ハムファイターズの新庄剛志監督=本人提供 第三者から見れば、モデルへの転身と同様にとっぴな考えのようにも見える。 しかし、本人は食とドローンがリンクすると考えた。 資格を取り、農薬散布のほか、テレビや花火の撮影などにも参加した。 タレント業と両立していた中、札幌市内のグループホームから「施設に看護師の目線を取り入れたい」とコンサルタントの依頼が舞い込み、新たな挑戦のきっかけとなる。 40歳になった2022年、株式会社「未来(みく)」を設立。翌年に福祉部門「メディカルライフ未来」を立ち上げ、グループホームの経営を始めた。 「新規事業には訪問看護事業も考えたが、人と同じことをするのではなく、自分らしい事業をしたいと考えた。『看護師のいるグループホーム』をつくってみようと思った」 当初は2棟からスタートし、現在は白石区、豊平区で計4棟を運営する。 平日の日勤帯(午前9時~午後6時)は看護師である長岡さん自身も会社に常駐し、万が一の際には各施設に駆けつける。 毎朝、職員が集まり、入居者の健康状態などを情報共有する「カンファレンス」を実施。看護師出身ならではのケアが最大の売りとなっている。 事業を始めたばかりのころは資金がどんどん減っていき、貯金を取り崩してスタッフの給料や家賃をまかなった。 半年を過ぎたころ、資金繰りもようやく落ち着き、事業が軌道に乗っていく。 いまは4棟とも満室となっており、5棟目の開設に向けて準備している。 20歳で看護師になり、30歳でモデルを目指した。 40歳で会社を設立し、新たな事業も始めた。 10年の節目ごとに決断と挑戦を繰り返してきた。 「新しいことに挑戦し、新しいことを知ることが楽しい。今は入居者のためになる新規事業を考えている。50歳の節目でも何か新しいことを見つけ、絶対に新規事業を起こしたいと思う」 何歳になっても挑戦する。この気持ちを持ち続けるつもりだ。【高山純二】 1982年生まれ、旭川市出身。旭川東栄高(現旭川永嶺高)、砂川市立病院付属看護専門学校卒。看護師、モデルなどを経て、2022年に株式会社「未来」を設立し、グループホームを運営している。