映画の推し事毎日新聞 2025/12/29 16:00(最終更新 12/29 16:00) 2458文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷「楓」Ⓒ2025 映画『楓』製作委員会 秋を促す雨が降った5年前の8月3日、東大病院の面会室。国際映画祭関係者として会う世界各国の仲間たちに、1秒のためらいもなく「芸術的同志」として紹介する親友で、今回おすすめする新作「楓」の監督、行定勲と筆者が面会室で向かい合っている。 行定監督は困った顔で「最近書いたシナリオについて、あるプロデューサーに『君のシナリオはノンイベント』と言われた」と訴えていた。Advertisement その表情は行定監督の「ナラタージュ」の中で、松本潤が普段と全くイメージを変えて演じた教師を連想させたのだが、それはともかく、プロデューサーの言葉は間違っている。「楓」Ⓒ2025 映画『楓』製作委員会ミニマリズムの衝撃 「ノンイベント」ではなく「ミニマリズム」であろう。不条理で無意味な現代の時代像を描くための、果敢な省略。第12回釜山国際映画祭正式出品作の「クローズド・ノート」、つまり現在までの彼の作品群の中では中期以降の作品に表れる傾向だ。 その極みが、第68回ベルリン国際映画祭で2回目の国際批評家連盟賞を受賞した「リバーズ・エッジ」だ。青春の激情を描いたこの作品で彼は、淡々とした話法がかえって観客の胸を打つ「ミニマリズムの逆説」を駆使して、国際映画祭を魅了した。 寄せられた賛辞の一つとして、「行定勲の最近作の中でも最も優れた映画」という、全州国際映画祭のプログラマーだった李相龍(イ・サンリョン)の言葉を挙げておくが、彼が韓国でも指折りの“辛口”評論家だと知れば、その衝撃の大きさも見当がつくだろう。「楓」Ⓒ2025 映画『楓』製作委員会アメリカの伝統を完全吸収 ミニマリズムがポストモダニズムの諸現象に含まれることは周知の事実であり、欧州の評壇がこれに寄せる愛情は、1960年代以降冷めたことがない。 それはそうだろう。アルベール・カミュやサミュエル・ベケット、遠くは19世紀末のステファヌ・マラルメをはじめとする象徴主義詩人まで、みなこの伝統の擁護者だったのではないか。文学と密接な関連を持つ映画という芸術ジャンルでも、ミニマリズムの影響は極めて大きい。 そう考えれば、欧州や、欧州のアートフィルムに熱狂する韓国の映画祭で、行定監督の作品が高い評価を受けるのは至極当然と言える。 ただ、彼のミニマリズムは、欧州のそれとはいささか異質だ。筆者との対話で彼が時々口にする「創作力の引き出し」をのぞけばわかる。 彼は、欧州以外で最も深く、しかし欧州とは少し違うスタイルのミニマリズムが根付いているアメリカの伝統を、日本のどの作家よりも我が物としているのだ。「楓」Ⓒ2025 映画『楓』製作委員会「リボルバー・リリ-」の斬新さ デビュー前の青年・行定勲はヘミングウェーの小説とエッセーに熱狂し、アメリカンニューシネマの数え切れない傑作を教科書にして自己研さんに励んだ。しかも、コーエン兄弟の「ミラーズ・クロッシング」のようなネオノワール的変容も完璧にマスターしていた。 その代表例を挙げるなら、「リボルバー・リリー」での帝国陸軍の描写だろう。映画の中で彼らは次第に、アニメに登場するような、無個性な“悪者集団”となり、既存のアクション映画とは全く違う役割を担うことになる。 行定監督は観客が自分の物語として映画に没入できるよう、ヘミングウェーの「氷山理論」に通じる「十分に真実味のある(truly enough)」ストーリーテリングを追求しつつ、随所に効果的な劇的装置を配置する演出力でも知られている。 しかしその力を持ってしても、悩みは尽きない。動画配信の時代にあって監督たちは、作家としての成熟を目指すだけではなく、家に閉じこもる観客を、雪の降る街を横切って映画館に向かわせなくてはならないのだ。「楓」Ⓒ2025 映画『楓』製作委員会メドビクのような味わい 「楓」は、そんな高い要求に十分応えている。ミニマリストとしての姿勢を保ちながら、破格な演出を織り交ぜて、興行的な魅力を加える。 例えば序盤。主人公・須永恵(福士蒼汰)と木下亜子(福原遥)は、天体観測旅行でニュージーランドを訪れる。映し出されるロケ地の絶景を大画面で見れば、入場料2000円でおつりが来るほどの“目の保養”になりそうだ。 そしてその直後、場面はとある大事件へと急転するのだが、撮影監督の柳一昇(ユ・イルスン)のカメラはそれすらも淡々と受け入れてしまう。こうして映画は、「ラストシーンまで穏やかな話が続くだろう」という観客の油断を粉々にするのである。 さらにその後。物語は穏やかに展開するにもかかわらず、我々は緊張を解くことができない。というのも、それが前述の大事件の前なのか後なのかが示されないため、混乱の中で1カット1カットを凝視するしかないのだ。 それだけではない。行定監督はまるで遠足の余興の宝探しのように、映画のあちこちに疑問を解くヒントをちりばめ、謎解きの面白さや楽しさも提供している。 観客は恵と亜子を通して、多層構造の物語を経験する。それはまるで、蜂蜜味のクッキー生地が、間に挟んだサワークリームのためにシットリ&爽やかな酸味と甘みを帯びるメドビク(ロシアの蜂蜜ケーキ)のようだ。「楓」Ⓒ2025 映画『楓』製作委員会うれしいお歳暮のごとき新作 最後に加えておきたいのは、「楓」の映画的達成に大いに寄与している、福士蒼汰と福原遥のケミストリー。「2025年恋愛映画最高のホットカップル」とでも呼びたくなる。 ただこれも、行定監督がデビュー以来の作品で示してきた、俳優からそれまでとは全く違う魅力を引き出して200%以上輝かせるという才能を発揮した結果だということは、急いで指摘しておかねばなるまい。 ここまで来れば、これはただの“新作映画”というより、思わぬ相手から贈られたうれしい“お歳暮”だ。 27年という歳月の間、数多くのアーティストによってカバーされてきたスピッツの名曲の感動を、世界の評壇と観客に愛される名匠が、自己革新的に映像化した。 1年の終わりにそんな贈り物に接することこそ、日本の映画ファンに与えられた真の特権ではないだろうか。この高品質エンターテインメントを楽しむ機会を、逃すわけにはいかない。(洪相鉉)【時系列で見る】【前の記事】映画評論の巨人・佐藤忠男が見た生涯1万本「最良作」は意外にも……関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載現在昨日SNSスポニチのアクセスランキング現在昨日1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>