おにぎりが結んだ縁 庄内→南三陸、150キロ離れた2町の3・11

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長南里香百武信幸毎日新聞 2026/3/5 07:45(最終更新 3/5 07:45) 有料記事 1983文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷おにぎり作りに奮闘した当時を語る押切真治さん=山形県庄内町のJAあまるめで2026年2月18日午後3時28分、長南里香撮影 東日本大震災発生直後、津波で大きな被害を受けた宮城県南三陸町の住民に、150キロ以上離れた友好町の山形県庄内町から連日トラックでおにぎりが届けられた。2週間余りでその数は計10万個に上った。南三陸町は支援のお礼に毎年、新鮮なワカメを庄内町に贈り、幼稚園や学校の給食に出されるなど食を通じた交流が続く。 2011年3月11日。山形県庄内町は震度5の揺れに襲われた。 町全域で停電から復旧した2日後の13日、JAあまるめ米飯加工部門の開発部長(当時)の押切真治さん(66)は取引先に弁当の配達ができなかったおわびの電話をかけていた。その時、庄内町役場から連絡が入った。夜通しつくった8000個 「おにぎりを何個でもいい。作れるだけ作って作ってくれ」 南三陸町との災害時相互応援協定に基づく支援物資の製造依頼だった。同町は震災で町民831人が死亡・行方不明となった。 押切さんはすぐに取引先に電話をかけ直して平謝りし、弁当やすし、温泉旅館への朝食用のご飯の配達などの予約をキャンセル。従業員2~3人を交代させるシフトを組み、14日未明から米飯加工場でおにぎり製造に取りかかった。 町内産の主力品種「はえぬき」をガス釜で炊き、専用の機械で三角形に成形。一つ一つにサケや梅干しなどの具材を押し込み、シートでくるまれたのりで包む作業をひたすら続けた。夜が明けたころ、8000個のおにぎりが出来上がった。急いで町役場に届け、南三陸町の避難所に運ぶトラックを見送った。物流難で、新潟にも 現地に支援物資を運んだ町職員から「避難所は食料も水も足りず、…この記事は有料記事です。残り1316文字(全文1983文字)【時系列で見る】関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る現在昨日SNSスポニチのアクセスランキング現在昨日1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>