浦和実・石戸×監督×部長 「出た!」ベンチが沸いた会心の一球

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毎日新聞 2026/3/5 07:00(最終更新 3/5 07:00) 有料記事 2616文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷昨春のセンバツを振り返る(左から)浦和実の田畑富弘部長、石戸颯汰投手、辻川正彦監督=さいたま市緑区で2026年1月5日、新宮巳美撮影 甲子園は新たなヒーローが誕生する舞台でもある。2025年春の第97回選抜高校野球大会は、春夏通じて甲子園初出場の浦和実(埼玉)が旋風を起こした。 変則左腕のエース・石戸颯汰投手(18)を擁して4強入り。全国的には無名だったチームを取り巻く環境はがらりと変わった。旋風の中心にいた野球部の選手たちは何を感じていたのか。石戸投手と辻川正彦監督(60)、田畑富弘部長(46)が振り返った。 浦和実は1回戦で滋賀学園に勝つと、東海大札幌(北海道)、聖光学院(福島)にも勝利。準優勝した智弁和歌山に準決勝で敗れたが、鮮烈な印象を残した。 2完投を含め全4試合に登板したエース左腕・石戸颯汰投手と野球部の監督、部長へのロングインタビューを2回に分けて届けます。 ・<後編>再現は多分無理、だから目指すのは…積年の悲願成就に「うるっ」 ――24年秋の関東大会で4強入りし、選抜出場が正式に決まったのが25年1月24日。甲子園出場経験がない中で、準備段階から分からないことだらけだった。 辻川監督 まずは選ばれたからには変なゲームができないという意識が強かったですね。自前のグラウンドでは試合形式の練習ができないので。 グラウンドを借りたほか、2月下旬の学校のテストが終わったら、すぐに静岡県富士市に合宿に行きました。例年は土台を作る時期ですが、とにかく試合形式のメニューに割く時間を増やして、恥ずかしくない試合をするんだと考えていました。 田畑部長 うちは寮もないので、単純に集団生活が長くなったり、自分のリズムで生活が送れなかったりした時の耐性も必要だよね、とも話しました。そのくらい自分たちにとっては未知のことだらけでした。 石戸投手 甲子園に入ってからも結構、ルームメートのいびきとかがうるさくて、夜に眠れなかったりしました(笑い)。生活リズムが乱れた時にどう対応するか、早めに準備できたのは良かったです。 ――実際に初めて踏んだ甲子園の土。辻川監督は35年以上にわたりチームを率いてきたこともあり、特別な感情が湧いたのでは。 辻川監督 あえてギリギリまで近づかなかったんですよね。(甲子園練習の日に)高速道路の下までバスをつけてもらって球場に入って。通路を通っていくと最初にライトスタンドがそびえ立つように見えた。あの時の圧倒的な迫力は、言葉で表現できないですね。 一瞬一瞬が忘れられないが、一番は1回戦の滋賀学園戦で最後の打者をセカンドゴロに打ち取った直後かな。部長とも握手をして、さあ校歌だとなった時。曲が流れ始めた瞬間はうるっと来ちゃって「やべえ」と思いました。アルプスにあいさつに向かう途中に部長に「最初危なかった」って言ったら「俺もです」って。…この記事は有料記事です。残り1491文字(全文2616文字)【時系列で見る】関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る現在昨日SNSスポニチのアクセスランキング現在昨日1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>