生きづらさの裏に潜む戦争 トラウマと向き合う家族が見せた変化

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取材の中で感じた戦争トラウマに苦しむ当事者の変化を語る島田陽磨監督=東京都港区で2026年3月6日午後0時35分、肥沼直寛撮影 戦争による目に見えない傷は、終戦から80年以上が経過した今も「生きづらさ」として当事者たちの心に潜んでいるのかもしれない。過酷な戦場の現実や加害行為のため、旧日本軍兵士の多くが復員後も心的外傷後ストレス障害(PTSD)などの戦争トラウマに苦しんだことが明らかになりつつある。心の傷にさいなまれた肉親を目の当たりにした、元兵士の子供や孫を追ったドキュメンタリー映画「父と家族とわたしのこと」(公開中)を手がけた島田陽磨監督(50)は、取材を重ねる中で当事者に共通する変化に気付いたという。 島田監督は早稲田大を卒業後、映像制作会社に入社し、民放のニュース番組向けの特集コーナーの制作などに携わった。Advertisement 2019年からは、1959年から25年続いた在日朝鮮人らの北朝鮮への帰国事業で、日本人配偶者として北朝鮮に渡った姉と生き別れになった女性を取材した。 訪朝を含めた取材を重ねる中で、映画による表現への思いが強まり、「ちょっと北朝鮮まで行ってくるけん。」(21年公開)で映画監督デビューした。 その後、映画作品2作目の取材で東日本大震災と東京電力福島第1原発事故による避難者が抱える心の傷に迫る中で、戦争トラウマの存在を知った。 興味を持ち、関係者の紹介で元日本兵の家族らでつくる「PTSDの日本兵家族会・寄り添う市民の会」(家族会)の黒井秋夫代表を訪ねてみた。 「戦争という国家的な一大事業を推進したことによる犠牲が長年放置され、当事者の個人的な問題と矮小(わいしょう)化されて切り捨てられている」 その構造に、エネルギー政策の柱に据えられてきた原発で起きた事故によって過酷な避難を強いられ、心に傷を負った地域住民が抱える問題との類似性を感じ、取材に動き出した。 作品に登場する元兵士の子や孫は計3人。肉親による暴力や面前DV(ドメスティックバイオレンス)といった世代を超えた暴力の連鎖に苦しんできた。生きづらさを抱える背景に戦争トラウマの可能性があることにも気付いていなかった。 当事者の一人、大阪市の藤岡美千代さん(67)は、幼少期から父の暴力にさらされ続けた。家族会で自らの体験を語るようになった今も、父を写真でさえ見ることができない。遺影は黄色のハンカチに包んで自宅に保管している。 映像作品では制作側が出演者に次の行動を促したり、提案したりすることもある。だが今回、島田監督は相手から自発的に言葉が出てくるまで待った。自然な心の流れを捉えたいという思いと、「少なくともこのテーマと当事者に対してやるべきではないし、やれない」という思いからだ。旧日本軍兵士だった父の足跡を追う藤岡美千代さん=日本電波ニュース社提供 精神的に不安定となり音信不通になった当事者もいた。相手にプレッシャーを与えないよう取材は1人で行き、聞き役に徹した。 「テレビドキュメンタリーの多くはナレーションやテロップで、悲しさや楽しさといった場面の意味づけをする。それによって見え方を一つに決めてしまうのではなく、ありのままの状態を届け、見た人に解釈を委ねたい」と狙いを語る。そのこだわりは監督した作品にナレーションを入れないという手法にも現れている。 島田監督は3人を取材する中で、共通した変化に気付いた。それぞれが従軍中の所属部隊や赴任地が記された「軍歴証明書」を都道府県庁から取り寄せたり、証明書などを頼りに父の足跡をたどり始めたりしたのだ。 藤岡さんも父の出身地の鳥取県を訪ねた。実家の周辺を30軒ほど回り、父の人となりを聞いて回った。その中で生家がまだ残っていることが分かると管理者に連絡し、床が抜けそうになっている2階に上がって父を知ることができる手がかりを探した。 「ここまでするのか」。素直な驚きと同時に、わずかでも父に関する情報がほしいという必死さが伝わってきた。戦争トラウマによる暴力の世代間連鎖に苦しむ旧日本軍兵士の孫世代の女性(左)=日本電波ニュース社提供 3人の行動の変化を臨床心理士の信田さよ子さんに伝えると、帰ってきた答えに納得がいった。 トラウマの原因になっている親の暴力などの背景を客観視することで、うまく距離を取りながら自らの生きづらさを捉え直し、解消できるというのだ。「親研究」や「加害者研究」といわれ、臨床心理の現場でも実践されているという。 「じゃあ、また当分、ハンカチに入っといてくれ」 遺影の父に生家を見せた藤岡さんは、そうつぶやいてハンカチに包み直す。このシーンはトラウマは簡単に解消されないという問題の根深さを物語っている。それでも、凄絶(せいぜつ)な親子関係によるトラウマと再び向き合おうとする3人の姿から、人間が持っている力強さを伝えたい。 近年、紛争が頻発し世界情勢は混迷の度合いを増している。「戦争がどれだけ人の心と家族をむしばみ、世代を超えて長期的な影響をもたらすのか。単純に事実として知ってほしい」。他国を威嚇するような勇ましい言動が支持を受ける空気の危うさへのメッセージだ。3月14日から順次上映が始まっているドキュメンタリー映画「父と家族とわたしのこと」=日本電波ニュース社提供 映画は14日からポレポレ東中野(東京都中野区)での公開を皮切りに、全国23都道府県の映画館で順次公開中。詳しくは公式ホームページhttps://chichito.ndn-news.co.jp/【肥沼直寛】