連合チームや高専も 候補校が示す21世紀枠の価値と可能性

Wait 5 sec.

毎日新聞 2026/3/21 08:30(最終更新 3/21 08:30) 2047文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷阪神甲子園球場=兵庫県西宮市で、本社ヘリから 選抜高校野球大会に21世紀枠が導入されてから、四半世紀が経過した。19日開幕の第98回大会に合わせ、21世紀枠を巡る出来事を振り返り、制度が果たしてきた役割を考える。 甲子園出場は果たせなかったとしても、選抜高校野球の21世紀枠の地区候補校や都道府県推薦校に選ばれたことで学校にスポットライトが当たることがある。Advertisement 少子化などによる部員不足の救済策として2012年に連合チームの公式戦出場が正式に認められ、21年のセンバツで富山北部・水橋が連合チームとして初めて地区候補校(北信越)となった。 その2年後、京都府の推薦校止まりではあったが、宮津天橋・丹後緑風もまた注目を集めた連合チームだ。秋季京都府大会の龍谷大平安戦に臨んだ宮津天橋・丹後緑風の選手ら。それぞれのユニホームに身を包み、同じベンチから声を出した=わかさスタジアム京都で2022年9月24日、山崎一輝撮影 過疎化が進む府北部に位置する両府立校は、宮津天橋が宮津と加悦谷、丹後緑風は網野と久美浜がそれぞれ統合されて20年に誕生したばかりだった。 それでも22年秋の新チーム結成時に選手は宮津天橋が8人、丹後緑風が7人まで減少し、同年夏の京都大会前から3年生引退後は連合を組むことを決めていた。連合チームで京都8強 秋季府大会は初戦の2回戦を乱打戦の末に8―7で辛くも逆転勝ちすると、3回戦は京都外大西に3―1、4回戦は福知山成美に3―2で勝利。甲子園でも名の知られた学校を立て続けに降して、8強入りを果たした。 準々決勝は翌年のセンバツに出場した龍谷大平安にコールド負けしたものの、会場となったわかさスタジアム京都(京都市)には、府北部から多くの関係者、一般ファンらが詰めかけ大きな声援を送った。 活躍が認められて府推薦校となり、丹後緑風の岡田泰行校長(当時)は「丹後に残って野球を頑張りたいと思っている子供たちの大きな励みになった」と喜んだ。惜しくも近畿地区候補校になれなかったが、地元では将来の甲子園出場への期待が高まった。選手を車で送迎、連合ならではの苦労も 連合チームを率いたのは、1999年のセンバツで峰山を京都市以北の府内校として初めて甲子園に導いた守本尚史監督(宮津天橋)。連合チームを率いた守本尚史さん=京都府宮津市で2026年3月9日午後4時45分、矢倉健次撮影 「初采配」となった新チームと3年生チームによる引退試合で、ある可能性を感じたという。「(夏は単独だった)3年生も、その試合で即席の連合チームを組んだが、弱点を補い合って『いいな』と思った」 新チームは宮津天橋がバッテリーなど中核を担い、丹後緑風から1番・一塁手で俊足の主将、捕手からコンバートされた強肩の中堅手が加わる構成。秋に授業が再開されてからの合同練習は週2回だったが、保護者らに丹後緑風の選手を40分~1時間かけて車で送迎してもらった。 守本監督はこう指摘する。 「(22年秋は)ピースがうまくはまったが、選手が9人そろわなくなったら連合を認める現行のルールではチーム作りが間に合わない。20人か少なくとも15人を切った段階で連合になることができれば、互いに補い合っていいチームになる可能性が高まる。野球は常に合同練習ができなくても、個別に技量が高められる」 推薦校に選ばれた効果で部員も増え、宮津天橋は23年夏以降、再び単独チームで大会に参加しているが、連合チームのあり方を巡る論議の高まりにも期待している。高専も候補校に 21世紀枠を巡っては、全国に約60校ある高等専門学校から、近大高専(三重県名張市)が初めて2020年大会の地区候補校(東海)になった。秋季三重県大会で優勝を決め、喜び合う近大高専の選手たち=三重県営松阪球場で、2019年9月28日午後2時30分、朝比奈由佳撮影 5年制の高専に通った場合、高校スポーツには3年生まで参加できる。しかし、実験などの授業が多く練習時間が限られることもあり、野球第一で入学する生徒はほぼいない。それでも19年秋の近大高専は伝統の打力に加え、投手の頭数もそろっており秋の県大会で初優勝した。 過去に三重県伊賀地域から甲子園に出場した学校はなかった。清掃活動などで地域貢献もしていたこともあり、地元住民からの声かけなどで期待が高まっていることを選手らも肌で感じていた。メディアの取材件数も過去にないほどだった。 「高専、地域、何でも初めては価値のあることなので、選ばれたかった」とチームを率いていた重阪俊英前監督は振り返る。高専を経てプロになった例も 選考の結果、補欠校に選ばれたがセンバツ出場はならなかった。だが注目されたが故に、高専の特色が知られるようになった。近大高専の監督だった重阪俊英さん=奈良市で2026年3月2日午後2時51分、矢倉健次撮影 大学受験を意識せず3年間は野球に打ち込めること、4、5年になっても高専大会、大学リーグなどでプレーが可能なこと、甲子園を目指す下級生のサポートもできること、就職の求人倍率が抜群に高いだけでなく卒業後大学への編入も可能なことなどだ。 「野球を続けたい中学生にとって、一つの選択肢になることを多くの人に認知してもらえたのでは」と重阪前監督は話す。 高専を経てプロになった選手もいる。中日の石伊雄太捕手(25)は、近大高専から3年生終了時にスポーツ推薦で近大工学部(東広島市)に入学した。その後社会人野球の日本生命に進み、中日のルーキーだった昨季は85試合に出場した。高専野球の可能性も広がっている。【矢倉健次】【時系列で見る】関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>