独自図解あり 高島博之毎日新聞 2026/3/18 17:27(最終更新 3/18 17:31) 有料記事 2069文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷中央のビル群は第1期再開発の高輪ゲートウェイシティ。右奥の品川駅との間が第2期再開発の予定地=東京都港区で2025年3月27日午前10時14分、本社ヘリから JR東日本が東京都港区の品川駅と高輪ゲートウェイ駅周辺で進めている再開発の事業用地で確認された日本最初の鉄道遺構「高輪築堤」の保存を巡る協議が、山場を迎えている。現在協議が行われているのは再開発の「第2期」用地の遺構で、約500メートルの築堤が残っていると推定されるが、JR東は当初、開発計画見直しによる現地保存に難色を示した。しかし、保存問題を協議する検討委員会で2月、計画を再検討する意向を示し、現地保存に向けた議論が進展する可能性が出てきた。一時は行方不明も… 高輪築堤は1872(明治5)年、日本初の鉄道が新橋―横浜間に開業した際、約2・7キロ分の線路を東京湾の海上に通すため、土を盛って側面に石を積んだ堤のこと。その後、周辺の埋め立てが進み、鉄道用地が拡大したことなどで、高輪築堤の残存状況は分からなくなっていた。 存在が改めて確認されたのは2019年4月。JR東が12年から始めた車両基地の再編による線路の付け替えや高輪ゲートウェイ駅の新設、複合ビルなどを建設する再開発事業(南北約1・3キロ)に伴う工事で石垣の一部が発見された。再開発は北寄りの1期(南北約800メートル)が先行して進み、築堤は事業用地の全域にわたり存在することが判明した。 JR東は20年9月、考古学や鉄道史などの有識者に委嘱して設置した「高輪築堤調査・保存等検討委員会」(委員長・谷川章雄早稲田大名誉教授)で調査と保存の方法や範囲などを協議。議事録や資料が公開されている。 1期の用地では、計約120メートル分の堤を現地保存し、信号機の土台を含む約30メートル分は移築して保存することを21年4月に決めた。その際、委員側は1期の後に実施する南寄りの2期再開発では「現地保存を考慮した開発計画を策定すること」を要望した。 2期に関する本格的な協議は22年3月に開始。港区教育委員会の発掘調査で、2期の用地にも築堤や信号機跡とみられる遺構が確認された。JR、当初否定も態度が変化 JR東は25年4月の会合で、高輪築堤を「鉄道会社である当社にとって大変意義深い」としつつ、2期の用地では「希少性の高い遺構などは確認されておらず、(1期と)おおむね同等程度の文化財的価値を有する」と主張。2期用地南端の一部を除き「開発計画の見直しによる現地保存は困難」と説明した。 しかし、委員側は谷川氏が25年6月の会合でJR東に「開発計画をゼロベース、つまり白紙としてから現地保存を検討することを議論の出発点にしたい」と迫るなど、開発計画を前提とした遺構の保存に強く反発した。 昨秋、委員側は、信号機跡と100メートル以上の堤の現地保存を検討するよう求めたが、JR東は費用の増加や安全性などを理由に「開発計画が実現できない」と説明するなどし、協議は平行線をたどった。 事態が動いたのは今年2月の会合だった…この記事は有料記事です。残り884文字(全文2069文字)あわせて読みたいAdvertisementこの記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>