映画の推し事毎日新聞 2026/3/20 11:00(最終更新 3/20 11:00) 2520文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷「90メートル」Ⓒ2026 映画『90メートル』製作委員会 筋萎縮性側索硬化症(ALS)の母親を介護する高校生のヤングケアラーを主人公とした「90メートル」について語る前に、少し古典をのぞいてみよう。 「孟武伯問孝 子曰 父母唯其疾之憂」 これは「論語」の「為政篇」の一節である。孟武伯の「孝」についての質問に孔子が答えたもので、現代語で解釈すると次のようになる。Advertisement 「孟武伯が孝について尋ねた際、孔子は『親は子供の病を心配するものだ』と言った」 「孝」という文字は年長者が子供に背負われている様子を表しているから、儒教における概念も年上の世代が若い世代に持ち上げられることだと信じていた向きには意外かもしれない。が、それは先入観に過ぎない。「90メートル」Ⓒ2026 映画『90メートル』製作委員会漢字文化圏に残る「孝」の倫理 朝鮮の儒学では、文字の「孝」は「hyo」と発音される。ベトナムではアルファベットで表記し、漢字を使う日本でも「親孝行」と表して実践(行い)の意味を強調している。 ここに注目すると、論語における「孝」は、権威への垂直的な服従、すなわち年長者や親に対する儀礼的な敬意だけでなく、内面的な態度としての身体的な保護、愛情、奉仕、尊敬などと結びつきうることがうかがえる。社会的に良い行動を通じて、親だけでなく先祖の名も高めるという善行ともなりうるのだ。 日本では明治維新以降、「孝」を統治イデオロギーとして取り込み、さらに民法制度としても受容したことで、親への崇敬は社会的常識として定着した。ベトナムやシンガポールなど東南アジア全域に及ぶ漢字文化圏でも、その後の近代化や産業化の過程で、家族制度自体の変化はもちろん少子化などさまざまな現象的要因が存在してきたにもかかわらず、「孝」という徳目は不文律としての影響力を変わらず維持している。 とすれば、中川駿監督が脚本も執筆した「90メートル」は、社会的な訴求力と題材の力によって観客動員を期待できる企画であることは、間違いない。「90メートル」Ⓒ2026 映画『90メートル』製作委員会個性的社会派監督、中川駿 中川監督は商業映画デビュー以降、廃校を控えた高校を背景に登場人物たちの複雑な感情の交錯を繊細に描いた「少女は卒業しない」や、いつまでもただの友達として過ごすと思っていた主人公たちの心の揺れと意外な反転を描いた「か『』く『』し『』ご『』と『」のような“感性ロマンス”で才能を発揮してきた。 しかし一方で、デビュー作「尊く厳かな死」は祖父を見送った自身の経験を反映していたし、短編「カランコエの花」でも、当事者ではなく周囲の視点からLGBTQの問題と取り組み、評価された。 つまり扱いにくい敏感な問題を、若者ならではの独特の視点から描く“個性的社会派監督”としての才能をうかがわせていたのである。 その意味で、自身の実体験をモチーフにシナリオを書いた「90メートル」は、原点に立ち返った作品と言えるだろう。「90メートル」Ⓒ2026 映画『90メートル』製作委員会リアリティーと劇的興味の両立 ここで際立つのは、がんの母親をみとったこともあるという中川監督の、経験者としてのリアリティーを余すところなく反映したキャラクターの構築である。 最初のシーンで、シングルマザーという現実にも萎縮せず元気に息子の佑を育てようとした藤村美咲(菅野美穂)はわずか9年後、高校生になった佑(山時聡真)の助けなしではトイレにすら行けない重症患者となっていた。 洗濯や料理といった家事を1人で背負い、呼び出しチャイムが真夜中にも鳴る佑の生活では、大学入試などは副次的な問題になっている。佑は自分の状況を誰かに話すこともできず、主軸として活躍していたバスケットボール部を突然退部したことで、仲間たちにも誤解される。 もの問いたげに佑を気にかけるバスケ部マネジャーの松田杏花(南琴奈)との会話で安らぎも得るが、介護のために夢を持てない状況を改善するにはほど遠い。 中川監督は、ここに救世主を登場させたり状況が劇的に改善されたりといった、安易な反転装置を介入させない。むしろ佑の絶望的な現実を直視して大小の問題を緻密に配置し、リアリティーとドラマへの興味という一石二鳥を狙う。野心的な戦略を立てて、正攻法の監督術により着実に成果を上げている。「90メートル」Ⓒ2026 映画『90メートル』製作委員会類型から遠く離れたキャラクターたち すべてのプロセスで輝いているのは、類型的、平面的なキャラクターの否定である。 佑は自分1人で全てをこなし基本的には母親を親身に世話するが、そのために重荷を背負うことに納得しているわけではなく、「好きでやってるわけではない」とアピールする。 美咲の造形も単純ではない。佑が近くにいなければいつ死の危機に直面するか分からないにもかかわらず、単なる悲劇の人物ではなく、本来の立ち位置、つまり制約はあっても「母親」という立場でコミュニケーションを取ろうとする。難病患者が家族から受ける過度な配慮が、むしろ精神的なストレスを引き起こす可能性があるという現実を反映した、リアリティーあふれる演出だ。 かくして「90メートル」は、ドラマの展開に応じて変わる母子の関係を、小劇場の2人芝居のような緊張感で描き、観客を引き込んでいく。「90メートル」Ⓒ2026 映画『90メートル』製作委員会同情ではなく連帯と理解 物語に配置されたそれぞれのシークエンスは、全く異なる舞台装置や小道具、照明で飾られた別々の小さな舞台のようだが、2人の主人公は個々のシークエンスの超目標に応じて大胆な演技を見せながら、すべてを自然に調和させる その結果、観客は佑と美咲のどちらにも軽々しく同情しない。「我々より不幸」ではなく「違う人生を生きている」2人を理解し、連帯を感じながら理解するプロセスへと進んでいくことになる。 2023年から毎年平均2本の映画に出演し、「論語」の「天命」を悟るという意味で「知天命」と呼ばれる年齢に近くなっても変わらぬ精力的な演技力で毎回観客をうならせる菅野美穂と、「君たちはどう生きるか」のボイスアクティングで世界を驚かせて以来、「蔵のある街」を経て演技力が花開いている山時聡真。そのケミストリーに感嘆し、あっという間に2時間が消えて(過ぎて)しまう。 ありきたりな三面記事を思い起こさせる惰性的情緒ではなく、思わぬ感動の涙を流すだろう。劇場に向かう努力は、決して無駄にならない。(洪相鉉)【時系列で見る】【前の記事】宮崎駿監督の“最新作”お披露目 「85歳になって、まだ進化しています」関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>