ヒバクシャ:「憎しみより思いやりを」 8月6日を覚えていない被爆者の証言

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ヒバクシャ毎日新聞 2026/3/18 08:00(最終更新 3/18 08:00) 有料記事 1527文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷原爆供養塔前で知り合った外国人観光客と談笑する近藤紘子さん(左)=広島市中区の平和記念公園で2026年3月3日、佐藤賢二郎撮影 海外からの観光客が大勢訪れる広島市の平和記念公園で3月初旬、近藤紘子(こうこ)さん(81)=広島市中区=は近くを通りかかった外国人女性に流ちょうな英語で話しかけた。「どこから来たの? ジョン・ハーシーの『ヒロシマ』を読んだことはありますか」 オーストリアから来たという女性が「読みました」と応じると、近藤さんは続けた。「私は被爆者です。その本に『谷本牧師の娘』として出てきます」。女性は穏やかな笑みを浮かべながらうなずいていた。 「谷本牧師」とは広島流川教会の牧師で、自らも被爆しながら負傷した被爆者や原爆孤児らの支援に奔走し、米国各地で被爆の惨状と平和の尊さを訴えた谷本清さん(1909~86年)のこと。米作家、ジョン・ハーシーが原爆投下直後の広島を取材し46年8月、米誌「ニューヨーカー」に発表したルポ「ヒロシマ」で生存者の一人として紹介され、その名は全米に知られた。記事は各国のメディアに転載され、書籍化されている。エノラ・ゲイ副操縦士との対面が転機 生後8カ月だった近藤さんは爆心地から約1・1キロ、教会近くの牧師館で被爆した。建物の下敷きになりながら、母親に抱かれていて無傷だった。 小学5年の時、両親と米国のテレビ番組に出演し、広島に原爆を投下した米爆撃機エノラ・ゲイの副操縦士と対面した。憎しみの対象だった相手が、自らが関わった行為の重大さに苦悩する姿を見て、「憎むべきは人ではなく戦争」と感じた…この記事は有料記事です。残り921文字(全文1527文字)【時系列で見る】【前の記事】「知らなすぎた」初めて知った父の望み 被爆体験伝承に戸惑い関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>