全焼した創業80年の理容店 見つかった「相棒」に店主が誓う再起

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店主の中西正人さんの仕事道具であるハサミは、焼け跡から無傷で発見された=大阪市旭区で2026年3月2日午後0時23分、露木陽介撮影写真一覧 80年間、一家で切り盛りしてきた理容店が一夜にして焼き尽くされた。 立ち上る真っ赤な炎と黒煙が、すべてを奪った。 店主のベテラン理容師は絶望の淵に沈んだ。それでも胸の奥に消えない思いがあった。 「このままでは終われない」 奮い立たせたのは、焼け跡から見つかった「相棒」の存在だった。営業中に火の手が大阪市旭区の理容店「SALON・SAKURA」店主の中西正人さん。店の外壁は火災で黒く焦げている=大阪市旭区で2026年3月2日午後0時29分、露木陽介撮影写真一覧 大阪市旭区。住宅街の細い通り沿いに、理容店「SALON・SAKURA(サロン・サクラ)」があった。桜色の外壁が特徴で、地域の人に親しまれていた。 1月23日の午後。店はいつもと変わらない穏やかな時間が流れていた。店主の中西正人さん(78)と妻は、客のシャンプーに取りかかっていた。Advertisement ふと、焦げ臭いにおいが鼻をついた。ただ店の前で道路の舗装工事が行われており、そのせいだろうと気に留めなかった。 しかし、しばらくして店の入り口付近に煙が立ちこめているのに気づいた。外へ出ると、隣家との隙間(すきま)から火の手が上がっていた。 「火事だ‼」 すぐに客を避難させ、近所の人とバケツリレーで水をかけた。だが、火の勢いは収まらない。全焼した理容店内の様子=SALON・SAKURA提供写真一覧 消防の消火活動が始まっても炎は風にあおられ、瞬く間に建物全体に広がった。 火が消し止められたのは8時間ほどが過ぎた深夜だった。 幸いけが人はなかったが、2階建ての店舗は全焼。周辺の複数棟にも燃え移り、店舗裏側の自宅や娘の家も焼けた。 警察から「理容店の中から出火した形跡はない」と説明を受けたが、出火原因はいまも分かっていない。 翌日、店内に足を踏み入れた。被害の大きさに言葉を失った。2026年1月23日に起きた火災で炎や黒煙を上げて激しく燃える理容店=SALON・SAKURA提供写真一覧 天井は焼け落ち、理容椅子やシャンプー台は水をかぶって使える状態ではなかった。地域の人々が集う場所 人生のほとんどをこの店で過ごしてきた。 終戦を迎えた1945年、復員した父一男さんが「理容サクラ」を開店した。戦時中に衛生兵として出征した際、現在のシンガポールで見かけた喫茶店から店名を取ったという。 中西さんも小学生の頃から、掃除やタオルの洗濯など店を手伝ってきた。客から「えらいなあ」と声をかけられるのが、子ども心にうれしかった。20代だった中西正人さんが父から引き継いだ頃の店内=SALON・SAKURA提供写真一覧 当時、店では父の愛弟子が一人前の理容師を目指し、連日特訓を重ねていた。その姿に感化され、「この仕事を継いで腕をみがきたい」と強く思うようになった。 高校卒業後、東京・目黒の店で修業を積み、20代で大阪に戻って家業を継いだ。「人々が集う場所=サロン」との思いを込め、店名にサロンを入れた。 誰でも気軽に立ち寄れるよう、予約制にはしなかった。近所の人がふらりと訪れ、世間話だけをして帰っていく。サクラは髪を切る場にとどまらず、地域の人や子どもたちが集う交流の場となった。再起導いた愛用のハサミ 「さっぱりして帰ってもらえたら、それが一番うれしい」 あの日もそんな一日になるはずだった。大阪市旭区の理容店「SALON・SAKURA」店主、中西正人さん。店舗の天井は火災で焼け落ちてしまっていた=2026年3月2日午後0時20分、露木陽介撮影写真一覧 火災後、変わり果てた店内を前に立ち尽くした。家族や地域の人々と過ごした思い出まで奪われたような気がした。 焼け跡を見て回っていた時のことだ。仕事道具を入れていた棚が燃え残っていることに気づいた。 「もしかしたら……」 棚の扉を開けると、ハサミがそのまま残されていた。 理容師になった時から憧れていたが、高価ですぐには手が届かなかった。10年ほど経験を積み、30代になってようやく購入した。 手にした時は「夢がかなった」と喜びをかみしめた。それから50年近く連れ添ったハサミは、大火にさらされても無傷だった。大阪市旭区の理容店「SALON・SAKURA」店主、中西正人さん。仕事道具のハサミは焼け跡から無傷で見つかった=大阪市旭区で2026年3月2日午後0時23分、露木陽介撮影写真一覧 「もういっぺんやってみい」 ハサミに背中を押された気がした。 支えてくれたのは道具だけではない。火災に遭ったと聞きつけた常連客や地域の人たちが次々と訪れ、励ましの言葉をかけてくれた。 「この店を潰したくない」 仮住まいに移りながらも中西さんは店の再建を決意した。孫たちが中心となってクラウドファンディングで資金集めも始めた。新店舗の再開は2027年を予定している。 「お客さんに『待ってたよ』と言ってもらえるように頑張りたい」 78歳からの再挑戦。ここからもう一度、人生を切りひらこうと決めた。 クラウドファンディングの募集は3月末まで。専用サイト「CAMPFIRE(キャンプファイヤー)」の「78歳の爺ちゃん、最後の挑戦」で受け付けている。【露木陽介】