「だんだん」瀬戸内海越えなぜ同じ方言?朝ドラ「ばけばけ」でも注目

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伊予弁の「だんだん」から名付けられた「JR松山駅だんだん通り」=松山市で2025年9月12日午前11時4分、狩野樹理撮影写真一覧 JR松山駅(松山市)高架下に、気になる名称の施設がある。愛媛県内の特産品などを取り扱う店舗が並ぶ「JR松山駅だんだん通り」だ。「ありがとう」を意味する方言「だんだん」は、島根県出身で今年3月から愛媛で暮らし始めた記者にとって、旧出雲国(島根県東部)で使われる「出雲弁」という認識だったから。なぜここに出雲弁が……? 瀬戸内海、中国山地を挟み遠く離れているにもかかわらず、共通の方言が使われている理由を探った。【狩野樹理】 だんだん通りは、2024年9月にオープンした。JR四国によると、旧伊予国(愛媛県)で使われる「伊予弁」で「ありがとう」を意味する「だんだん」から感謝と、駅施設である「通り」を通って愛媛県内のさまざまな場所や人をつなぐ場にしたいとの思いを込めて命名したという。Advertisement どうも伊予でも、感謝を伝える際「だんだん」と言うらしい。ただ、約250キロ離れている伊予と出雲でなぜ、同じ言葉が使われているのか――。専門家の意見を聞こうと愛媛大学の門をたたいた。遠く離れた伊予と出雲で共通する方言について解説する愛媛大法文学部教授の秋山英治さん=松山市で2025年9月11日午前11時46分、狩野樹理撮影写真一覧 同大法文学部教授の秋山英治さん(53)=日本語学専門=に疑問をぶつけると、「感謝表現『おおきに』の誕生」(「明治大学教養論集553号」より、田島優著)という論文を紹介してくれた。 論文では、感謝の表現である「おおきに」が生まれた経緯を文献資料を基にひもとく。その中で「だんだん」にも触れている。 江戸時代半ばの天明5年(1785年)の滑稽(こっけい)本「当世真々の川」に「人に対する言葉をも、みなまては言(いふ)て居ず。今日はといふて御苦労(くらう)と聞かせ、段々といふて有難(ありがたい)と響かせ」とあるとし、「挨拶(あいさつ)表現の後ろの方を略す下略について述べられている」と言及。「『段々有り難い』と言っていたのを、(中略)『だんだん』だけで「ありがたい」の意味を表すようになった」と指摘する。「遊郭での使用語であった」とまとめた。 なるほど、語源は理解できた。ではなぜ、遠く離れた伊予と出雲で同じ言葉が同じ意味で使われるのかと、さらに質問を重ねた。 秋山さんは「京都で感謝を伝える言葉として生まれ、関西で使われるようになり、西日本に広がっていったのではないか」と説明する。京都を訪れた商人らが最先端の言葉として地元で伝えたとみられる。こうした言葉が全国各地に残っており、「だんだん」もその一つと考えられるという。 国立国語研究所編集の「方言文法全国地図(第5集)第270図 ありがとう(総合図)」では、「人から物をもらって『ありがとう』とお礼を言うとき、どのように言うか」との問いに対し、「だんだん」と応えるのが愛媛県、島根県東部と鳥取県西部、九州の一部地域で確認されているという調査結果が出ている。しかし、発祥の地とされる京都府をはじめ、関西圏では使われていない。 秋山さんは、民俗学者・柳田国男が「蝸牛考(かぎゅうこう)」で提唱した「方言周圏(しゅうけん)論」に言及した。 方言周圏論は、文化の中心から地方に同心円状に言葉が広がり、中心から遠い地域には古い語形が残るという説だ。全ての言葉に当てはまるとは言い切れないものの、言葉の分布の仕方の一つとして知られている。 つまり、当時、文化の中心であった都・京都で生まれ、使われていた「ありがとう」を意味する「だんだん」は、京都に出向いてきた商人らが知り、伊予や出雲など地方でも使うようになる。その後、京都など関西圏では「だんだん」ではない別の「ありがとう」を意味する言葉「おおきに」が誕生して広まったことから使われなくなった。一方、地方では「だんだん」が使われ続け、特に伊予、出雲では方言の一つとして残ったということになる。「松江だんだん道路」の看板(左)=松江市で2025年9月8日午後8時39分、狩野樹理撮影写真一覧 現在では、「JR松山駅だんだん通り」のように、松江市内を走る国道485号が「松江だんだん道路」と名付けられるなど、地元の施設の愛称として使われることも多い。 秋山さんは、だんだん通りができた際、愛媛県出身の愛媛大の学生約30人に「だんだん」について質問したことがある。うち約85%が「知っている」と答えたものの、全員が「使わない」と回答した。 確かに、松山市出身の秋山さんも「使うことはない」そうで、「日常生活で使う人はほぼいない。頻繁ではないが、愛媛県内の一部で年配の人が使用する」程度。使う人は少なくなっている現状を説く。 「だんだん」に限らず、実際に使う人が減少している方言がある一方、ドラマやアニメの登場人物が、大げさに聞こえる方言で話す場面に度々出くわす。特に、地方が舞台となる作品ではより顕著だ。小泉八雲(左)と妻セツ(右)。中央は長男の小泉一雄写真一覧 この点について、秋山さんは、地域を印象づける「らしさ」の演出や、ステレオタイプとしてのイメージの固定化などを念頭にした側面が強い「バーチャル方言」であると解説してくれた。 かつて方言は、使うことが恥ずかしいと思う人もいただろう。だが、秋山さんは「今では方言は『エンターテインメント』的なものとなり、自分らしさを表す時の表現方法として、プラスに捉えられることが多くなった」とみる。 29日に放送が始まったNHK朝の連続テレビ小説「ばけばけ」は、松江市で暮らした文豪・小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の妻セツを題材にした物語だ。松山市内には、八雲が「怪談」で表した桜が残る寺院があるなど、実は関連がある。物語を楽しみながら、登場人物たちの方言に耳を傾けてみてはどうだろうか。