みんなの高校野球:就任拒む専大松戸監督を動かした理事長との「地元愛」 センバツ

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みんなの高校野球毎日新聞 2026/4/5 11:00(最終更新 4/5 11:00) 有料記事 1608文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷【専大松戸-大阪桐蔭】選手に指示を出す専大松戸の持丸修一監督(右)=阪神甲子園球場で2026年3月29日、長澤凜太郎撮影 春のセンバツでは専大松戸(千葉)が緑の旋風を巻き起こし、甲子園で初の4強入りを果たした。注目を集めたのは、孫ほど年齢の離れた球児を伸び伸びとプレーさせた77歳の持丸修一監督。快進撃からさかのぼること19年前、専大松戸に招請された時、なかなか首を縦には振らなかった。野球部強化の条件 「持丸でなければ、ここまで来ていません」 第98回選抜高校野球大会のアルプススタンドで声援を送った専大松戸の富山尚徳理事長(81)は、感慨深げに話した。持丸監督に託したのには、理由があった。 富山理事長は2007年夏に4代目理事長の急逝後、就任した。1959年の学校創立とともに創部された野球部は、06年の夏の千葉大会で5回戦に進んだものの、07年は1回戦敗退。甲子園は遠かった。 前任者の遺志を継いだ富山理事長は「専大松戸を文武両道の学校にする」と、甲子園出場を目指して野球部強化に着手した。 「野球の技術を教えるだけで、高校生が人間として伸びるのか」という疑問を持っていたため、「教員で、野球を教えている」ことを第一に、監督の人選を始めた。 専修大野球部の関係者らから推薦されたのが、持丸監督だった。 国学院大で教員免許を取り、出身地の茨城県で社会科の教員をしながら母校の竜ケ崎一に続き、藤代、常総学院と率いた3校すべてを甲子園に導いていた。 折しも、常総学院で春夏計3度目の甲子園を戦い、退任したばかり。富山理事長はすぐに会う約束を取り付け、東京・神田のホテルで会った。 部屋に入ってきた持丸監督に野球部監督への就任を打診すると、表情は硬くなり、話しかけてもどこか素っ気ない返事が続いた…この記事は有料記事です。残り920文字(全文1608文字)【時系列で見る】【前の記事】誕生ケーキに年賀状、笑わない智弁学園・小坂監督の素顔 センバツ関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>