戦争が「自分ごと」になる時代の上映意義 映画監督・池谷薫さん

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ストーリー 鵜塚健毎日新聞 2026/4/5 06:00(最終更新 4/5 06:00) 有料記事 1888文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷ドキュメンタリー映画「蟻の兵隊」の上映後、大学生からの質問に答える池谷薫監督=大阪府豊中市の大阪大で2025年12月13日、三村政司撮影 昨年12月、大阪府豊中市の大阪大キャンパス。あるドキュメンタリー映画の上映会が開かれていた。後半のあるシーンに差し掛かると、来場者たちは固唾(かたず)をのんで見つめていた。 その場面とは――。 終戦記念日。東京・九段の靖国神社で、集まった迷彩服や軍服姿の男性らが「二度と戦争に負けないことを誓う」「天皇陛下万歳」と叫ぶ。そしてスーツ姿の元日本兵がマイクの前に立つ。「開戦詔書」の言葉に触れ、かの大戦で犠牲になった「英霊」に感謝を述べた。戦後29年間、フィリピンに残留後に帰国した小野田寛郎(ひろお)さん(2014年に91歳で死去)。開戦詔書とは昭和天皇が、自存自衛と東アジアの安定のために対米英開戦を宣言したものだ。 その後、別の老人が小野田さんにこう詰め寄った。「侵略戦争を美化するのですか」。すると小野田さんは「美化じゃない。正当化しているだけですよ」と大声で突き放した。 映画のタイトルは「蟻の兵隊」(06年公開)。小野田さんに話し掛けたのは、新潟県出身の元日本兵、奥村和一(わいち)さん(11年に86歳で死去)。この「蟻の兵隊」の主役だ。中国へ出征し終戦を迎えたが、「ある事情」で戦後9年間も帰国できなかった。 大阪大の会場には学生や地域住民ら約100人が集まった。上映後、監督を務めた池谷(いけや)薫さん(67)=神戸市東灘区=がこう語りかけた。 「奥村さんと小野田さん。戦後に同じ地獄を見た残留兵2人が、侵略か自衛かという真逆の戦争観で対峙(たいじ)しているんだ」「国に2度捨てられた」苦しみ代弁 「蟻の兵隊」はこんな内容だ。終戦後、中国・山西省では軍の命令を受け、約2600人の日本兵が残留した。映画の主人公、奥村さんもその一人。部隊は戦後激しくなった国民党軍と共産党軍(八路軍)との内戦に巻き込まれ、日本兵約550人が死亡。奥村さんは戦闘で負傷し、捕虜生活を経て1954年9月にようやく帰国した。 やがて信じられない現実…この記事は有料記事です。残り1069文字(全文1888文字)あわせて読みたいAdvertisementこの記事の筆者すべて見る1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>