毎日新聞 2026/4/4 15:00(最終更新 4/4 15:00) 有料記事 4699文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷ブーニンさん(左)からブリュートナーのピアノの思い出を聞いた桑原さん。実際に桑原さんもこの名器を弾いた=東京都世田谷区で2026年2月13日、明珍美紀撮影 19歳で「ショパン国際ピアノコンクール」(1985年)の覇者となり、現在、日本とドイツを拠点にする、スタニスラフ・ブーニンさん(59)が注目のピアニスト、桑原志織さん(30)と東京で対談した。桑原さんは昨秋の同コンクールで日本人最高の4位に入賞。世代を超えて2人に共通していたのは「人工知能(AI)が発達する時代だからこそ、人間らしい心を持ち続けるために芸術が必要だ」との思いだった。【明珍美紀】 ――ポーランドの首都ワルシャワで開かれる5年に1度の難関コンクール。19回目となった昨年10月の大会は、アジアにルーツを持つ演奏家が上位を占めました。桑原さんの演奏はどうでしたか。 ブーニンさん 予選から本選へと進むにつれて、「(この課題曲は)こうして弾いたらいい」と私が思った、ほぼその通りの弾き方でした。後日、音楽関係の仕事をしているイタリア人の知人と会い、「やっと僕らが思うような人が出てきたね」と互いに納得しました。 ――どんなところを評価したのでしょう。 ブーニンさん (本選の一つ手前の)3次予選で弾いたソナタ(3番)。人生のすべてを詰め込むような、凝縮された響きをとどろかせた。私もその40年前に(ショパンコンクールで)この曲を弾きましたが、壮大でなおかつテンポが速いのです。 ――桑原さんがコンクール全体をけん引していた、とおっしゃっていましたね。 ブーニンさん 他にもそう感じていた人はいたと思います。志織さんは、ショパンの作品についてよく理解し、自分なりに組み立てを構築していた。志織さんのレベルで演奏していた人はいませんでした。 ――桑原さんは日本で学んでいた時に「ダイナミックな演奏をするのでショパンとは別の音楽家の曲の方が合う」と言われ、レパートリーとしては、ショパンは多くはなかった。 桑原さん 高校生のころは結構、ショパンを弾いていたのですが、それ以後は主にベートーベン。コンチェルトはラフマニノフなどです。古典から近代までの曲の構築を学んできたので、その積み重ねがコンクールで生かされました。 ブーニンさん 私もショパンを弾き始めたのは83年ぐらいでした。ショパンコンクールに出ると決めた時から、ショパンの曲を練習し始めたので。 ――コンクールで桑原さんは、「聴衆の温かい声援を通じてショパンの音楽性を感じた」と言いました。この意味は。 桑原さん 優れた音楽家は歴史上、何人もいますが、ポーランドの人々はもちろんのこと、ここまで世界中の人に愛される作曲家はそう多くはありません。人類みなから愛される理由みたいなものがショパンの音楽の中に宿っている。 ――具体的には。 桑原さん 例えば、感情的、感覚的な人間のさがも、ショパンの手にかかると磨き抜かれた音楽の美と化します。芸術の一つの極み、頂点だと思いますし、それがピアノという楽器に焦点を当てて存在している。 ――ブーニンさん、ショパンの美とは。 ブーニ…この記事は有料記事です。残り3481文字(全文4699文字)あわせて読みたいAdvertisement1時間24時間SNSスポニチのアクセスランキング1時間24時間1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>