カメラ一つで捉えられない涙 シリアの多難な前途 和田・写真記者

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毎日新聞 2026/2/25 15:01(最終更新 2/25 15:01) 677文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷避難先のレバノンから車でシリアに戻る子ども。反体制派の旗を頰にペイントして国境を越えた=シリア・ダマスカス南部で2024年12月12日、和田大典撮影 国際報道で優れた成果を上げた記者に贈られる2025年度のボーン・上田記念国際記者賞に、カイロ支局の金子淳記者(46)が選ばれた。 24年12月、シリアのアサド政権崩壊直後に現地入りし、1年以上にわたって政権崩壊の内幕や内戦の傷痕、新生シリアの課題について追い続けてきた。24年の取材に同行した写真映像報道部・和田大典記者の思いとは。Advertisement子供の頰に… アサド政権の崩壊直後、弾痕が残る国境検問所で子どものを見たとき、「レジームチェンジ(体制転換)」を実感した。避難先の隣国レバノンから、家族とともに故郷に帰る子どもの頰に、反体制派の旗がペイントされていたのだ。旗はその後、新しい国旗になる。 首都ダマスカスでは、その旗を掲げ、歓喜する人々の輪にまずカメラを向けた。 取材の焦点は、独裁下の弾圧や内戦の傷痕だった。シリア軍関係者らが住む集合住宅から退去する人たち=シリア・ダマスカス近郊で2024年12月16日、和田大典撮影 悪名高いサイドナヤ刑務所で見つかった遺体が運び込まれる病院があった。そこで、遺体の顔をのぞき込む人々の姿は今も忘れられない。アサド政権に「政治犯」として拘束され、行方不明となった親族を捜していたのだ。カメラ一つではとても捉えきれない量の涙が、国中で流れていたと思い知った。 反体制派の「ハヤト・タハリール・シャム(HTS)」が治安維持にあたる首都は一見、平穏だった。 ただ今後を予感させる光景があった。アサド大統領と同じイスラム教アラウィ派の人々が暮らす共同住宅で、家財を車に積み込み、逃げるように去る人々の姿だ。 遺恨と報復への恐怖――。シャラア暫定政権が「融和」を掲げ、新たな時代に入ったシリア。だが多難な前途も感じさせた。【和田大典】あわせて読みたいAdvertisement現在昨日SNSスポニチのアクセスランキング現在昨日1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>