不便も経済的利点も 83歳、免許返納後のリアル 充実の鍵はアプリ

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77歳で運転免許を返納し、現在は電動アシスト自転車を利用する石橋澄子さん=福岡県太宰府市で2026年1月29日、北山夏帆撮影 買い物や通院などの移動に自動車は便利だが、年齢を重ね、運転免許を返納しようかどうか頭を悩ませる人も多いのではないだろうか。返納後はどのような生活になるのか。「先輩」を訪ねた。 「運転している時は花が咲いているとか、小鳥が鳴いているとか気に留めなかった。自転車に乗ると、自然の移ろいを感じられます」Advertisement 1月下旬、福岡県大野城市の南福岡自動車学校で70代以上の高齢ドライバーと家族向けに開かれたイベント「これからの運転を考えよう会」。福岡県太宰府市の石橋澄子さん(83)は、2019年5月に77歳で免許を自主返納してからの実感をそう語った。 返納は、その直前にニュースで報じられた事故がきっかけだ。19年4月、東京・池袋で高齢者が運転する車にはねられ母子が亡くなった。程なくして長男から「運転をやめてほしい。人ごとではない」と言われた。 75歳の時に夫に先立たれてからは「行きたい場所に車で行き、気ままに」1人暮らしをしていた。ただ、車庫入れに苦労するなど、運転能力の衰えを感じるようにもなっていた。 長男の言葉に「車があれば身軽、手軽だけど、いつ事故を起こすか分からない。起こしてしまったら家族が悲嘆にくれる」。返納を決め、乗っていた車を家族に譲った。運転免許の返納をテーマにしたイベントで、自身の経験を語る石橋澄子さん(中央奥)=福岡県大野城市で2026年1月24日、山崎あずさ撮影 主な移動手段は電動アシスト自転車に代わった。「前や後ろのかごに荷物が載せられて、買い物に便利。電動だと坂道も苦にならない」。時々、タクシーやコミュニティーバスを利用する。 「車があればよかったのに……」と思うこともある。台風が九州に接近した際、停電に備えてカセットコンロを買っておこうと考えたが、すでに雨風は強くなっていた。コミュニティーバスはスーパーの近くを通らないため、自転車でやっとの思いで買いに行った。体調が悪い日にタクシーを呼ぼうと問い合わせたら、「2時間待ち」と言われ落胆した。 そんな中、石橋さんが活用し始めたのが、タクシー配車サービスのアプリだ。家族からスマートフォンで使えることを教えてもらったといい、位置情報をもとに最寄りのタクシーが来るので、待ち時間を減らせているという。 デジタル機器やアプリに慣れているかどうかが、返納後の生活を向上させる鍵――。石橋さんは地域の老人会役員として国の事業を活用し、仲間と共に公民館で参加無料のスマホ教室も開いている。 返納は経済的なプラスもあった。月平均約2万円の車の維持費がなくなったことで、大学に進学した孫の学費などを援助できたからだ。「車がなくても楽しめる人生を考えてみてほしい」。石橋さんは呼びかける。65歳以上で運転免許を自主返納した件数の個別推移 警察庁の統計で24年までの直近10年に65歳以上の高齢者が運転免許を自主返納した件数をみると、池袋の事故があった19年が約57万6000件で最多だ。この3年ほどは40万件前後で推移している。 石橋さんが体験を語ったイベントを企画した福岡市の会社「セーフライド」は、高齢者の免許返納の準備▽当事者と家族からの相談▽返納後の生活サポート▽不要になった車の買い取り――などの事業を24年から展開している。 社長の山内紗衣さん(36)は管理栄養士として熊本県内の病院などで10年以上、高齢者の栄養指導をしてきた。 2年ほど前、1歳の娘をベビーカーに乗せて歩いていた時に高齢ドライバーの車と接触しそうになった。「セーフライド」社長の山内紗衣さん=福岡市中央区で2026年2月2日、山崎あずさ撮影 怖い思いをしたのと同時に、地方に暮らす義父母の顔が浮かんだ。「高齢者の事故をなくすだけでなく、免許返納後の生活を充実させるお手伝いをしたい」と考えた。 25年12月~26年2月には、福岡市の助成を受け、「1カ月の車なし体験プログラム」をモデル事業で展開した。立ち乗りシニアカー▽自転車のシェアサイクルサービス▽宅配サービス▽スポーツジムの利用――など、便利なサービスを体験してもらい、返納後の環境づくりを後押しする。 参考にした取り組みの一つが、滋賀県警の「お試し自主返納」だ。65歳以上の免許保有者を対象に、1カ月程度で公共交通機関の利便性や家族のサポートを確認してもらう。協賛店からさまざまな割引特典もあり、23年度のスタートから今年度までに700人が申し込み。23、24年度は年度内に約2割が返納したという。県警交通企画課の担当者は「気軽に体験いただけることが好評を得ている。家族の協力を促すきっかけにもつながればいい」と話す。 山内さんは「事故を起こしたり、足が悪くなったりしてから返納を考えるのは遅い」と語る。地域によって、代替の交通手段がないなど車を手放しにくい事情は確かにある。まず元気なうちに体や生活のことを見つめ、適切な免許返納のタイミングを探るところから始めたい。【山崎あずさ】