福島・浪江の復興支える「空の玄関口」成田 「請戸もの」販路を開拓

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毎日新聞 2026/3/1 05:45(最終更新 3/1 05:45) 1162文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷成田ヤマニが台湾のスーパーで請戸ものをPRしたブース=浪江町提供 福島県の浜通り地方で取れる魚介類「常磐もの」の中でも、浪江町の請戸(うけど)漁港に揚がる「請戸もの」は品質の高さから首都圏でも高い評価を受けてきた。東京電力福島第1原発事故で大打撃を受け、安全性を確認する試験操業を2021年3月に終えて本格操業を目指す中で、鍵となるのが販路拡大だ。震災後に育まれた人の縁が、意外な活路を切り開いている。 常磐ものは北からの親潮と南からの黒潮がぶつかる栄養豊富な「潮目の海」で取れ、高品質で名高い。加えて請戸ものは小型漁船による刺し網漁が中心で、魚が傷付かないよう1匹ずつ丁寧に網から外す漁師の技術が高く、仲買人も氷の入れ方など鮮度を保つ方法を長年研究しており、東京都中央卸売市場で高値で取引されてきたという。Advertisement 原発事故で請戸地区の漁業も大打撃を受け、以前は100隻近くの漁船が操業していたが今は30隻弱。操業日数も試験操業後に漁協が立てた計画に沿って原発事故前の半分までしか復活しておらず、漁獲量は原発事故前の6分の1程度にとどまっている。だが売り上げは3分の1以上にまで持ち直しているといい、町農林水産課の担当者は「請戸ものがいまだに市場で高く評価されていることの証し」と説明する。 その請戸ものに着目したのが、22年1月に成田空港(千葉県成田市)の隣接地に移転した成田市公設地方卸売市場(成田市場)だった。地の利を生かして鮮度を保ったままの農水産物の輸出が可能となり、検疫など通関手続きもワンストップ化したことで特にアジア向けの輸出が急速に伸び、24年度の輸出額は13億円と旧市場時代から15倍に急増した。台湾のスーパーに出された請戸ものなど成田市場の魚介類=浪江町提供 実は、成田市は震災直後から現在に至るまで浪江町に応援職員を派遣しており、延べ15人に上る。毎年、成田市場で開催される「成田市産業まつり」には浪江町もブースを出展。なみえ焼そばなどに加えて請戸ものも継続的にPRしてきた。 その縁で、成田市から浪江町に出向している職員が仲介して25年4月に成田市や市場の幹部が浪江を訪れ、請戸ものの出荷を要請した。商談の翌日には早速、請戸ものが成田市場に出荷され、米国への輸出が始まった。今年2月には仲卸会社「成田ヤマニ」が台湾のスーパーにブースを出して、地元の飲食店など販路を開拓する。 福島産の水産物は原発事故以来、いまだに中国や韓国が禁輸を続けている。浪江町農林水産課は「請戸ものは本当においしいので、しっかり届けることにベストを尽くす。その結果として輸出規制緩和の動きにつながればうれしい」と期待する。 成田市の鈴木浩和経済部長は昨年5月に浪江を訪れており「我々が思っていた以上に人の戻りが少なく、復興は道半ばと感じた。市場の役割は産地と販路の拡大。成田市場の機能を拡充することで、結果的に復興支援につながれば」と力を込める。【錦織祐一】あわせて読みたいAdvertisement現在昨日SNSスポニチのアクセスランキング現在昨日1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>