映画の推し事毎日新聞 2026/3/1 22:00(最終更新 3/1 22:00) 2799文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷「レンタル・ファミリー」Ⓒ2026 Searchlight Pictures. All Rights Reserved. 長編デビュー作「37セカンズ」で注目された、米ロサンゼルスを拠点に活躍するHIKARI監督。韓国、中国、日本などのアジア系米国人を主体としたNetflixシリーズ「BEEF/ビーフ」や、米国作品だが東京が舞台のHBOの刑事ドラマ「TOKYO VICE」といった、異文化が交差する作品で存在感を見せてきた。 新作「レンタル・ファミリー」は、そんなHIKARIのバックグラウンドが生きた作品だ。国と地域を超えた関心と共感 主演は、米国作品でオスカー受賞歴のある米国人俳優ブレンダン・フレイザー。彼が演じるのは、東京で暮らす、キャリアは風前のともしびといった落ちぶれた俳優フィリップ。東京暮らしにはなじんでいるが、日々孤独を感じていた。Advertisement そんなある日、依頼人にとって必要な人を、報酬を得て演じる「レンタル・ファミリー」会社からの仕事を引き受ける。 家族のふりをしたり、花婿の役を演じたり、老いた俳優にインタビューをするジャーナリストになり切ったり。最初は戸惑うものの、“偽物の関係”を演じる中で生まれる他者との交流を通して、フィリップの内面に変化が訪れる。 本作からハートウオーミングな感動を受け取ることは、決して難しくない。それは本作が国際的な映画祭での上映などで、観客の反応が非常に好意的なものであることからもよくわかる。 2025年11月に、米ゴールデングローブ賞が主催した記者会見にリモートで出席した際には、イスラエル、ギリシャ、南アフリカ、スペインと、筆者が知る限りでは他作品に比べて幅広い地域から活発な意見が飛び交っていた。 質問者の多くは、前提として「日本を舞台にしたレンタル父娘の物語」に、遠い異国に暮らす彼らがいかに共感したのかを述べた上で、日本人のアイデンティティーへの興味や異文化が交差する題材について、HIKARIがどう考えているのかを聞いていた。 その議論からは、世界の観客にとって本作は、異文化を知る入り口であると同時に、強い共感を呼ぶ作品であることが浮かび上がった。 孤独は、どこの国に暮らしていようが、現代人の最大の関心事と言っても過言ではない。実際に、HIKARIは本作の原点として、高校時代にユタ州で唯一のアジア人交換留学生として過ごした体験を挙げている。 しかし、この記者会見でも、他の有力紙のインタビューなどを読んでも、彼女が差別や衝突などを強調していない点が注目に値する。 代わりに語られるのは、現地の言葉を学び、周囲の人々との関係を少しずつ築くことで、血のつながりのない「家族」が生まれたというプロセスだ。孤独は決して敵ではなく、関係が生まれる起点になり得るという認識が、本作のベースにあると考えられる。血縁を超えるつながり 例えば、血縁のない家族という考え方は、そのまま「レンタル・ファミリー」という題材にも当てはまる。しかし、ここでもHIKARIは社会問題の象徴として受け取られがちな、多くの日本人にとっても身近とは言えない日本の奇妙なビジネスを、批評的に裁くことはない。重要なのは、必ずしも血のつながりではなく“関係を築こうとする意志”なのだ。 こうした「家族」の再定義は、移民やフィリップのような海外生活者、グローバルな経験を持つ人はもとより、コロナ禍以降のより分断した孤立社会に生きる多くの人の胸に響くはずだ。 なぜなら、それがたとえ疑似家族、偽物の友人であっても、一歩踏み出して誰かと関わりたいと切望することが“関係が生まれる瞬間”なのだから。そうしたHIKARIの主張は、今孤独を感じている人の背中を、これ以上なく強く押してくれるものだと思う。「レンタル・ファミリー」Ⓒ2026 Searchlight Pictures. All Rights Reserved.“偽物”から生まれた人間らしさ もしかしたら、本作を見た人の中には、結局のところフィリップや「レンタル・ファミリー」というビジネスは、人をだますことであり、そのことによって誰かを傷つける可能性があると考えるかもしれない。 フィリップが築いた関係は、どこまでいっても偽物であり、そこにはより一層の寂しさや孤独が生まれるのではないかと、筆者も思わないではない。 しかし、HIKARIがなぜこの映画を作ったのかを考えるとき、オンラインではなく、あくまでも対面で誰かと関わることの重要性を伝えていると思えるのだ。 人と人の触れ合いが希薄になった時代に、それがビジネスの関係であっても他者とのバーチャルなコミュニケーションではなく、実際に会って、会話して、相手の表情や感情をダイレクトに感じること。そうしたつながりに意味があるのだということを、私たちはフィリップを通して追体験できる。 フィリップは、仕事相手との関わりによって喜んだり悲しんだり、あるいはわからなくて混乱したり、それでも相手を理解しようと努力したり、葛藤したりする。 その感情の起伏や揺れは、映画冒頭で描かれる、夕暮れの小さな部屋で近所の団欒(だんらん)に思いをはせながら、コンビニ弁当を口にする孤独な姿と鮮やかな対比をなす。「レンタル・ファミリー」を経験したフィリップは、かつてよりもずっと豊かで、人間らしい時間を生きているように見える。映画が伝えるこの感覚にこそ、共感の理由と普遍性があるのだと思う。フィリップが示す連帯の第一歩 劇中、フィリップの「何年住んでも日本は理解できない」というセリフがある。しかし、これは日本が特殊な国だという意味ではなく、「わからないこと」にこそ、HIKARIが考える異文化理解のリアリズムがあるのだ。 これまでにもHIKARIは「フィリップは私たち自身だ」と明言しており、先の記者会見でも「日本人だけど、私も今でも理解できないことがある」と笑っていた。これには共感する人が多いのではないだろうか。 自分の生まれ育った国についてでさえ、すべてを理解していると断言できる人が、果たしてどれほどいるだろうか? 日本で撮影された「レンタル・ファミリー」には、私がよく知る日本の風景が出てくるが、私が知らなかった祭りや文化も描かれていた。 ましてや、異文化を完全に理解することは不可能に近い。しかし、その理解できなさを抱えたまま、そこにとどまって理解しようとするフィリップの姿こそが、国を超えた“連帯の第一歩”であると読み取れるのではないだろうか。 会見でHIKARIは、映画の役割について明確な信念=映画観を語っていた。それは「聞いたことのない物語を共有し、観客が“一歩踏み出す勇気”を持つきっかけとなる」というものだ。 世界は分断されているように見えるが、実際には「連帯できない」のではなく、人と人が手を取り合うための一歩を踏み出す勇気を失っているだけなのではないか。 「レンタル・ファミリー」は、孤独を病理としてではなく、大きく言えば世界を一つにする連帯への入り口として描く映画なのだ。(今祥枝)【時系列で見る】【前の記事】日本も来るぞ!“伝記映画” はるな愛、細木数子、中村八大関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載現在昨日SNSスポニチのアクセスランキング現在昨日1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>