映画の推し事毎日新聞 2026/2/27 22:00(最終更新 2/27 22:00) 2934文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷米アカデミー賞メーキャップ・ヘアスタイリング賞候補の証書を手にする「国宝」の(左から)西松忠、日比野直美、豊川京子、李相日監督=2026年2月27日、勝田友巳撮影 「国宝」は公開から8カ月で興行収入200億円を突破、邦画実写の記録を更新し、いまだに週末興行成績の上位に食い込んでいる。 毎日映画コンクールでは吉沢亮の主演俳優と、李相日の監督賞以下、撮影、美術、録音、音楽のスタッフ部門各賞を独占。日本映画で初めて、米アカデミー賞メーキャップ・ヘアスタイリング賞候補にもなっている。Advertisement 社会現象ともなった「国宝」が、いかにしてこの高みに達したのか。スタッフ、俳優の証言から、李監督の思いを共有し、一丸となった製作陣の熱い姿勢が浮かんできた。吉沢「ここまでやっていいのか」第80回毎日映画コンクールの贈呈式で、主演俳優賞のトロフィーを手にする吉沢亮=内藤絵美撮影 「歌舞伎を題材にしたい」という思いを長年温めてきた李監督の思いが、吉田修一の「国宝」に出合って実現した。 吉田の小説を映画化するのは「悪人」「怒り」に続いて3作目で、「考え方、感じ方、芯の感覚が共鳴する」という。ドラマではなく3時間の映画で「喜久雄の内面の渇望、必死に追い求めるもの、目に見えない風景を表現したかった」。 目指したのは「衣装、メーク、美術など関わるものにウソがなく、400年の歴史を持つ歌舞伎を違和感なく見られる完全な再現性」。 一方で「歌舞伎役者ではなく映画俳優を起用する」という挑戦を課した。「歌舞伎役者の人生を描くと同時に、その背景にある感情や気持ち、芸術家が極点に向かう苦悩や生き様を表現したかった」からだ。 吉沢は立ち方、歩き方から歌舞伎の所作を習い「最後まで正解が分からなかった」という迷いの中で演じきった。 李監督に「現場にいる瞬間だけを生きろ」と求められ「培ってきた技術を排除して、ここまでやっていいのかと思うほど」とリミッターを外して没頭。「やるしかない」と腹をくくって喜久雄を演じきった。伝統演劇からの強力布陣第80回毎日映画コンクール・監督賞を受賞し、インタビューに答える李相日監督=小林努撮影 真実味を表すのに、李監督が「最も重要な要素の一つ」というのがメークだ。アカデミー賞候補となったメークチームが、2月27日に記者会見した。 李監督は当初、長く組んできたヘアメークの豊川京子に歌舞伎のメークを習得してもらおうと考えたという。しかしやがて「考えが甘かった」と悟ることになる。 豊川は当初から「歌舞伎のメークは別物。役者に失礼だ」と専門職の起用を訴え、伝統芸能の化粧を担当する「顔師」の日比野直美が加わった。 日比野は「普段は、客席との距離がある舞台に立つ人の2~3時間の化粧だが、映画の撮影では時に10時間もそのままだし、アップも多い。長く持たせて、近くでもきれいな顔に映るように考えた」と苦労を語った。 カツラを託された西松忠は45年間、歌舞伎界で仕事をしてきた大ベテラン。「歌舞伎のカツラは土台が銅製で、3~4キロもある。歌舞伎役者ではない俳優がそれを長時間着けるのは大変だった」と振り返る。 映画の経験のなかった日比野と西松を、豊川が統括して成功へと導いた。李監督は「化粧の奥にある人間性を見せる上で、メークを完全に作り込んだチームの素晴らしさをたたえたい」と賛辞を贈った。撮影後までセリフ加え第80回毎日映画コンクール・脚本賞を受賞し、贈呈式であいさつする奥寺佐渡子=小林努撮影 脚本の奥寺佐渡子は「本当にできるのか」と半信半疑で依頼を受けた。「喜久雄を描ききる」ために長大な原作を大胆に再構成した。 執筆段階で、吉沢や横浜流星の歌舞伎の稽古(けいこ)を見学し、2人の顔と声を浮かべながら改稿を続けた。 「李監督は、どんな映画を作りたいか明確だった」と語る。「一つのシーンにどれだけ感情と情報を込めるか」、李監督と一言一句検討したという。 撮影終了後まで参加したのも、それまでになかった経験だ。編集でカットした場面を補うセリフを、アフレコ段階で書き加えた。 「説明不足にならず、観客にできるだけ伝わるようにという判断だったろう」と語る。完成した映画を見て、「思ったよりはるかに豪華で豊か」と感動した。客席と舞台、二つの視点ソフィアン・エル・ファニ 撮影監督のソフィアン・エル・ファニは、配信ドラマで李監督と組んでおり「映画への情熱を共有している」と感じていた。 歌舞伎についての知識はほとんどなかったが事前に綿密に準備を重ね、歴史や女形についての知識を蓄えた。チームに加わったときには「もう初心者ではなかった」。 人物の内面を活写した映像は、対象への深い理解と共感から生まれる。「登場人物や俳優に自分を重ねて葛藤を理解し、感情が爆発する瞬間を把握する」というのだ。 「国宝」では「歌舞伎を見ている観客と、舞台上の歌舞伎役者」の二つの視点を想定し、舞台の上からのアングルで客席を捉え、汗や化粧崩れを克明に接写することで「俳優の苦労や過酷さを伝えた」と明かす。リアルと創造性織り交ぜつつ第80回毎日映画コンクールの贈呈式で、美術賞のトロフィーを手にした下山奈緒=内藤絵美撮影 美術の種田陽平と下山奈緒は、歌舞伎だけでなく、50年にわたる時代の正確な再現に没頭した。 種田は「伝統芸能を表現するチャンスはめったにない」と意気込んだ。歌舞伎関係者の助言を得ながら精密さを追求する一方、創造性も発揮し映画的なアレンジも加えたという。 冒頭、喜久雄の父親が殺される抗争場面は、日本家屋のセットに雪が降りしきる設定となった。「李監督はセットらしいセットを嫌うが、静かにリアルにというより、誇張した意図的なシーン」という。「喜久雄の過去で夢のようでも、ここからリアルになっていく」と全体のトーンを決めることになる。 1970年代から50年にわたる時代考証も、徹底した。京都・先斗町でのロケでは、看板の半分以上を時代に合わせて掛け替えた。「気付く人は少ないかもしれないが、目立たない部分を丁寧に作ることが大切」と力を込めた。“無音”を生かし揺らぎを表現第80回毎日映画コンクール・録音賞を受賞しインタビューに答える白取貢=小林努撮影 録音の白取貢は「映画の没入感の半分は、音の功績」と自負する。 20年にわたって組んできた李監督を「愚直で真摯(しんし)」と評した。音へのこだわりは「喜怒哀楽の瞬間より、一拍置いて後からじわりとくる感覚を音で表現しようとしている」と語る。 「国宝」では「間」「コントラスト」を重視し、あえて無音にした部分もあった。喜久雄が大舞台に出る直前の楽屋の場面では、おはやしの高い音の後で断ち切って「強弱の対比を喜久雄の心情の揺らぎにつなげた」。 現場でとった音を素材に、ほとんどの音を加工し付け替えた。「セリフは情報に過ぎない。風の音や木のざわめきなどが感情を表すこともある。映画が画と音でできていることが示せた」合宿5回「全く悔いがない」第80回毎日映画コンクールの贈呈式で、あいさつをする音楽賞を受賞した原摩利彦=内藤絵美撮影 音楽の原摩利彦は「国宝」の仕事には「全く悔いがない」と言い切った。伝統的な歌舞伎の音曲を使う一方、ルネサンス期の楽器「ビオラ・ダ・ガンバ」を用いたり、ペルシャの「サントゥール」の音色を導入。「音楽を流す場所は明確だった」という李監督らと5回、30時間に及ぶ“合宿”で音作りに取り組んだ。 劇伴音楽の録音でも演奏家たちが「僕がOKを出しても『もう1回』というほど」集中したという。 李監督が自身の描いた頂上を明確に示し、スタッフ、俳優が共有してそれぞれの道から、妥協することなく高みを目指す。白取は撮影現場を「1カットのディテールを、諦めず成し遂げる。いいものを作ろうという気持ちが飛び抜けていた」と語る。 「日本で一番」というチームだからこそ成し遂げたのが、「国宝」だったのだ。【鈴木隆、勝田友巳】【時系列で見る】【前の記事】「観察映画」想田和弘の背中を押した“ワイズマンの衝撃”関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載現在昨日SNSスポニチのアクセスランキング現在昨日1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>