毎日新聞 2026/2/28 05:30(最終更新 2/28 05:30) 有料記事 1872文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷日本ケアラー連盟理事の児玉真美さん=本人提供 障害者をケアする親たちをどうサポートしていくか。長女に重い障害がある日本ケアラー連盟理事の児玉真美さん(69)は「迎えに行く支援」が必要だと訴えている。【聞き手・芝村侑美】 障害のある子供に尽くす親たち。疲れや不安を抱えながら介護(ケア)を担ってきました。その告白を紡いでいきます(全4回の第4回) 第1回・ケアを担う母は一線を越えた 第2回・一歩間違えたら自分たちも 第3回・娘あやめた償い 差し伸べた手娘の介護、気の抜けない生活 日本の障害者福祉は親の介護を当たり前としてきました。家族ら無償の介護者は「ケアラー」と呼ばれますが、障害者をケアする親は社会から見えにくい存在になっていると感じます。何歳になっても「子育て」のイメージがあり、「介護」と認識されないからかもしれません。 娘の海(38)は仮死状態で生まれ、身体、知的の重い障害があります。幼かった頃は風邪を引くとすぐに肺炎になりました。寝ずの看病、真夜中の緊急入院はよくありました。 いつ何が起こるか分からない緊張で、気が抜けない生活です。病気になる度に「あの時にこうしてやれば良かったのでは」と自らを責め、自分の両親からは「また風邪を引かせたのか」と非難されました。 もともと大学の専任講師をしており、天職だと思うほど好きな仕事でした。しかし、社会の仕組みは「働いていない母親」が前提となっていました。 定期的な小児科の受診やリハビリ通院、言語訓練など全てが平日の昼間に入るのです。そのうえ、娘が体調を崩す度に授業は休講にせざるを得ません。誰も助けてくれない 限界を感じ、思い切って住居のある市役所に電話をかけると、「子供に障害があったら、普通はお母さんが面倒を見ておられますよ」と返ってきました。 「寝かせてくれないのがつらい」と医師に相談すると、「お母さんがそんなことを言ってどうするの? つらいのは海ちゃんの方ですよ」と叱られました。 結局、海が2歳の時に仕事を辞めました。夫は子育て、介護いずれも「ともに担う」という姿勢でしたが、…この記事は有料記事です。残り1019文字(全文1872文字)あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る現在昨日SNSスポニチのアクセスランキング現在昨日1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>