イタリア代表から政治家に 五輪閉会式に登場した「中田英寿の同僚」

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毎日新聞 2026/3/2 11:30(最終更新 3/2 11:30) 有料記事 2150文字ポストみんなのポストを見るシェアブックマーク保存メールリンク印刷ベローナ市長を務める元サッカー・イタリア代表のダミアーノ・トンマージ氏=イタリア北部ベローナで2026年2月26日、大谷津統一撮影 意外な人物の登場に驚いたサッカーファンは少なくなかっただろう。 イタリア北部の古都ベローナで2月22日にあったミラノ・コルティナ冬季オリンピックの閉会式。オペラを模した式典の冒頭に、サッカーの元イタリア男子代表で、現在ベローナ市長を務めるダミアーノ・トンマージ氏が出演した。 かつて日本代表の「ヒデ」こと中田英寿さんとチームメートだった名選手。故郷で自治体のトップを務める51歳を式典後に訪ねた。「中田がいたから何も失わなかった」 式典から間もないベローナの中心部は仮設のフェンスや案内表示がそのままで、祭典の熱気が残っていた。6日にミラノ・コルティナ冬季パラリンピックの開会式も行われるのだ。 「ロミオとジュリエット」の舞台として知られるベローナの人口は約25万人超で、歴史的な街並み全体が世界遺産に登録されている。閉会式の会場となったのは古代ローマ時代の円形闘技場(ベローナ五輪アリーナ)だ。 アリーナに隣接する市庁舎で、トンマージ氏は華やかな調べに満ちた五輪閉会式を満足そうに振り返った。 「イタリア人として、ベローナ市民として、そして市長として誇りに思います。音楽、ダンス、オペラ、そしてもちろんスポーツを通じてイタリア文化の質を示す素晴らしいイベントでした」 ミラノ五輪は既存の施設を活用するため、四つの会場群(クラスター)で分散開催された。 ミラノと最も遠いコルティナの会場群のほぼ中間に位置するベローナで、大会はフィナーレを迎えた。 「多くの会場での五輪開催は、運営が容易ではなく、大きな挑戦でした。閉会式は『躍動する美』というタイトルが、その精神を表しています。私たちの街の美しい空間と、ステージに立ったアーティストの質が、イタリアの完全なパフォーマンスをすべての人に示してくれたと思います。2000年の歴史があるアリーナの存在は傑出しています」 ベローナ近郊に生まれ育ったトンマージ氏はイタリア、スペイン、イングランドなどのクラブで活躍した。イタリア代表として2002年のワールドカップ(W杯)日韓大会にも出場した。 元トップアスリートの目に、ミラノ五輪はどのように映ったのか。 イタリア選手団の獲得メダルは前回22年北京大会の17個を大きく上回る30個、金メダルは前回から5倍の10個に達した。 心を動かされた選手、瞬間を尋ねると、トンマージ氏は特定の人物などは挙げずに賛辞を贈った。 「19年に国際オリンピック委員会(IOC)がイタリアでの開催を決定してから、すべてのアスリートが興奮していたと思います。多くの選手にとって五輪は夢で、キャリアの頂点だからです。自国で、家族や友人、コーチと一緒に、自分が育った場所で競技することは、周囲の人々への感謝を示すのに最適な方法でした」 選手時代、献身的で判断力に優れる守備的MFだったトンマージ氏が、市長に当選したのは22年6月のことだ。 政治家への転身は自然な流れで、イタリアサッカー選手協会の会長を9年間務めた経験も生きたという。 「ゲームの…この記事は有料記事です。残り894文字(全文2150文字)【時系列で見る】関連記事あわせて読みたいAdvertisementこの記事の特集・連載この記事の筆者すべて見る現在昨日SNSスポニチのアクセスランキング現在昨日1カ月アクセスランキングトップ' + '' + '' + csvData[i][2] + '' + '' + '' + listDate + '' + '' + '' + '' + '' + '' } rankingUl.innerHTML = htmlList;}const elements = document.getElementsByClassName('siderankinglist02-tab-item');let dataValue = '1_hour';Array.from(elements).forEach(element => { element.addEventListener('click', handleTabItemClick);});fetchDataAndShowRanking();//]]>